第48話 無茶と失敗

「レイン力を貸してくれ」

「どう、したの?」

「少しばかり無茶をする」

「なにすれば、いい?」


 詳細を聞くことなくレインが俺を見る。

 信頼してくれているのか、あるいは同様のアイデアを思い浮かべていたのか。

 どちらにせよ、彼女の助けが必要だ。


「どこでもいい、これまで潜った迷宮を想起してくれ。できるだけ詳細に」

「ん。わかった」


 目を閉じるレインの額にこつりと額をあてて、俺は自身の集中力を高めていく。

 〝存在証痕スティグマタ〟は自らの存在を世界に押し付ける力だ。

 それが不確定な要素を内包する『透明な闇』が溢れる『塔』であれば……それは現実の世界となる。


「くぅ……ッ」


 青白き不死者王ペルセポネに触れられた頬がチリチリと痛む。

 だが、この痛みこそが〝存在証痕スティグマタ〟が俺を渡り歩く者ウォーカーズの端くれたらしめる。

 叔父ほどに上手くやれなくとも、この歪んだ『無色の闇』を誘導できるはずだ。


「戻ったっす──って、にゃにゃにゃ……! どうなってるんすか!?」


 目を開けると、周囲は入ったときよりもいっそう薄暗くなっていた。

 石壁だった周囲は、むき出しの岩が露出する坑道のような景色へと変じている。


「『ペインタル廃坑跡迷宮』……?」

「懐かしいかも! 初めてユークと一緒に潜った迷宮ダンジョンだね!」


 首をかしげるシルクの横で、マリナが笑顔を見せる。


「これで、いいんだ、ね?」

「ああ。さすがだな」


 額を離して、レインを称賛する。

 彼女は俺の意図を上手く察してくれたようだ。

 おかげで、『無色の闇』の創り出す異質に正常な空間を、既知の世界へと引き戻すことができた。


「構造的には──四階エリアか。すまないな、ネネ。君が戻ってから試すべきだった」

「問題ないっす。どうも妙ちきりんな場所だったのが、鼻が利くようになったんすから。これも、ユークさんの魔法っすか?」


 あっけらかんとしているネネに、小さく首を振って応える。


「いいや、〝存在証痕スティグマタ〟による力だ。魔法とは少し違うかな」

「何にせよ、『ペインタル廃坑跡迷宮』なら手慣れたもんっす。もう一回先行警戒に出るので、ユークさんは休んでてくださいっす」

「いや──……」


 進もうと言おうとして、視界が揺らぐ。


「アンタ、顔色やばいよ」


 ふらついた俺をジェミーが支える。


「あれ……。こんな消耗したつもりないんだけどな」

「顔色が悪いのは事実です。少し、横になりましょう」

「っす。周辺確認も兼ねていくっす。無理は禁物っすよ」


 足音もなく駆けていくネネの背中を見送って、俺はすとんと床にへたり込む。


「マリナ、荷物の中から毛布を。ユークさん、水は飲めそうですか?」

「ああ。ちょっと、驚いたな。レインは大丈夫か?」

「うん。ボクは、問題、なし。ごめん、ね。ボクのイメージがよくなかったの、かも」


 心配そうな目で俺を見るレインに、苦笑して答える。


「そんなわけないよ。俺の求めるイメージをちゃんとくれた。しかし……懐かしいな。ここは」


 俺の言葉に三人娘が頷いて笑う。


「ユークは、すごかった」

「びっくりしちゃったよね。馬車の時間も、【看破のカンテラ】も、強化魔法も」

「ダンジョン飯もおいしくて。これがAランクパーティの、と思いましたけど──そうではなかったですね」


 シルクが俺の額に手を当てて、微笑む。


「ユークさんが特別だったんですよね」

「おいおい、俺はそんなじゃないさ」

「そうなんですか? ジェミーさん」

「……シルクさんの言う通りよ。あんたのすごさって、一端は慣れてみるともはや異常よ?」


 これは褒められているのだろうか。

 少しばかり怪しいところだ。


「結局のところ『サンダーパイク』がうまくいってたのって、ユークのおかげだったのよね。アタシ達の失敗は、アンタが最初からパーティにいて、最初から全部やっちゃってたってこと──アンタも含んでよ?」


 ジェミーの言葉は重かった。

 それは、俺も少し考えていたことなのだ。

 今になって思えば、俺はもっと失敗して、もっと手を抜くべきだった。


 しかし、実のところ今でもそれが悪いことだったのかどうかは答えが出ない。

 冒険者は常に危険と隣り合わせだ。失敗が命や人生に関わることだって多々ある。

 だから、俺はいつも必死に完璧を目指した。


 ただ、俺は何もかもを一人でやり過ぎた。

 自分の立ち位置というものを考えるあまり、仲間を頼ることをあまりしなかったし、サイモン達もそんな俺に甘えてしまうようになってしまった。


「ちょ、ちょっと……そんな深刻な顔しないでよ。泣くわよ」

「勘弁してくれ」


 ジェミーはぐずると少し長い。

 迷宮のど真ん中であれをなだめるのは少しばかり骨が折れる。


「アタシ達も、悪かったのよ。あの頃、赤魔道士は底辺だって思いこんでたし、ユークのサポートに慣れ過ぎて、それのすごさなんてちっとも理解してなかったわ。アタシ達は天狗になってて、それが何故かなんて考えようともしなかった」

「どうして?」


 マリナの純粋な質問にジェミーが首を振る。


「わからないわ。他のパーティが無能だと思ってたのかも。でもユークが抜けて、『クローバー』で活躍するユークを見て思ったのよ。『サンダーパイク』の土台はユークなんだって。その証拠に何もかもうまくいかなくなって、みんな死んだ」

「君は生きてる」

「ええ、だからアタシはもう失敗しないわ。ユーク、もっと頼って。アタシだって役に立ってみせるわ」


 少し涙をにじませたジェミーの隣で、シルクが微笑む。


「わたくし達も、同じですよ。ユークさんは何でも一人で抱え込みです」

「ルンも! お兄ちゃんは、ちょっと無理が多いと思います!」

「これは手厳しい」


 彼女たちのやさしさが、身に染みる。

 例えではない。本当に染み入るように、心へと温かなものが広がっていくのだ。


「この冒険が終わったら、少しゆっくりしよう。そうだな、みんなで冒険じゃない旅行に行ってみたいな」

「いいですね。終わったらどこに行くかみんなで決めましょう」

「シルク。ボク、温泉のあるところがいい……」


 レインの言葉に、シルクが人差し指を立てる。

「レイン、フライングは禁止ですよ。まずは、世界をきちんと救ってからです」

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