第49話 懐かしさと約束

「やっぱり、いるよな」


 ネネからの報告を聞いて、俺は小さく苦笑を漏らす。

 レインのイメージから固定されたこの階層は、『ペインタル廃坑跡』をトレースしているのだからあれが居て当たり前だ。


「それと、その先にフロアボスの扉っぽいのもあったっす」

「おっと。四階じゃなかったのか、ここ」

「……思い出、補正」


 少し照れた様子で、レインが苦笑する。


「レインに……わたくし達にとって、あの日がどれほど鮮烈だったかってことですよ

「確かにあの日は俺にとっても大切な思い出の日だけどね」


 俺たち全員の思い出だ。

 当然、俺だってよく覚えている。


「よし、岩蜥蜴ロックリザードは討伐。その後、フロアボスの扉に向かおう。階段はその先だろうしな」

「了解っす。じゃ、こっちっす」


 ネネの合図で俺達は懐かしの『ペインタル廃坑跡』を歩いていく。

 薄暗く狭い坑道、湿気た空気、ぬかるんだ足元。

 何もかもがあの日のままだが、ともに行く仲間の数は七人。

 その内の一人は、俺が抜けたパーティの元メンバーだなんてちょっと奇妙な縁だと思う。


 しばし行くと、足元に小さな震動を感じた。

 薄暗い坑道の向こう側に、巨大な影がゆっくりと動いているのが見える。


「『採掘ポイント』のお出ましだ」


 軽口のように口にして、岩陰に身を隠す。

 うろつく岩蜥蜴ロックリザードは、かつて俺達が戦ったものよりずいぶんと巨体だった。実に二倍以上の大きさ。

 悪名付きネームドか特殊個体かわかったものではないが、もしかすると一筋縄でいかないかもしれない。


「うわ……すごい大きさ」

「マリナ、静かに。見つかってしまいます」

「でも、こんな大きいの初めて見たよ」


 不運というべきか、迂闊というべきか。

 興味津々に岩陰から身を乗り出したマリナと、岩蜥蜴ロックリザードの目がばっちりと合った。


「まずいッ! 気付かれた!」


 あの巨体だ。隠れて岩陰ごと吹き飛ばされかねない。

 非戦闘員のニーベルンもいる。

 ならば、せめてイニシアチブはとらなくては。


「こっちだ!」

「ユークさん!?」


 声を張り上げて岩陰から飛び出す。

 少しばかりでも時間稼ぎをして見せれば、後は仲間が何とかしてくれるはずだ。

 それだけの実力と判断力は、もう十二分に育っている。


「──〈麻痺パラライズ〉、〈チェイン〉」


 襲い来る巨体の岩蜥蜴ロックリザードへ向けて、行動阻害の魔法を立て続けに二つ放つ。

 これで多少足止めも……と思ったが、些か予想外の結果となった。

 岩蜥蜴ロックリザードは魔法の鎖にからめとられて、その動きを完全に止めてしまった。


「す、すごすぎます……こんなの、時間停止魔法と変わりませんよ!」


 そんな大仰な魔法が使える魔法使いなどいないと思うが、岩蜥蜴ロックリザードの動きは止まった。なら、俺の仕事は終わりだ。

 何せ、『クローバーうち』には魔剣士マリナがいる。


「マリナ!」

「はいッ!」


 【ぶち貫く殺し屋スティンガー・ジョー】の矢もかくやといった、力強さで飛び出したマリナが黒刀をその勢いのまま一閃する。

 いかな巨大で岩のような外皮を持つ岩蜥蜴ロックリザードであっても、耐えられるものではない。

 前回同様、頭部を一太刀で落とされた岩蜥蜴ロックリザードはそのまま倒れ込み、動かなくなった。


「よし、戦闘終了」


 マリナに〈魔力継続回復リフレッシュマナ〉を付与してから一息つく。


「少しヒヤっとしたっす。私が飛び出せばよかったっすね」

「いや、倒せたんだし問題ない」


 それにネネはあの瞬間、ニーベルンを抱えて退避する姿勢をとっていた。

 状況的に、俺が囮となるのが正しかったはずだ。


「マリナ、反省」

「そうですよ。今回はユークさんが何とかしてくれましたけど」

「うぅっ……ごめん。岩蜥蜴ロックリザードが気になっちゃって」

「何とかなったんだ、そう責めるもんでもない。いいさ、次から気をつけて行こう」

「うん! 次で挽回する!」


 その様子を見て、ジェミーが小さく笑う。


「笑うなよ、ジェミー。失敗は誰にでもある」

「ちがうわよ。ユークがちゃんとリーダーしてるなって思って」


 そう言われて、俺は少し顔が熱を持つのを感じた。

 駆け出しの頃を知るジェミーにリーダー風を吹かせているのを見られるのは、なんだか恥ずかしい。


「最初からアンタがリーダーならよかったのに」

「仕方ないだろ。あの頃の俺はそんな気概も自信もなかったし」

「今は?」

「ベストを尽くすさ」


 軽く笑い合って、仲間たちに向き直る。


「よし、付与をかけ直してボス部屋に向かおう。ちょっと変則的になってしまったが……約束の再戦だ」

「そうでしたね」


 シルクがクスリと笑う。

 あの日、『クローバー』最初のボス戦となる鋼鉄蟹スティールクラブは、うっかりと俺が一人で討伐してしまった。

 だから、いつか『クローバー』であれに挑もうと約束していたのだ。

 いろいろあって『ペインタル廃坑跡迷宮』に訪れる機会がなかったのだが、奇しくも今、俺達はこの場所にいる。


「ここに立つと、あの日を思い出しますね」

「うん。ユークが一人でやるって言って、びっくりした」

「その後、もっと、びっくりした、けどね」


 懐かしのボス部屋扉を見上げて、三人娘が笑う。


「今度は全員で行こう。ネネもジェミーもニーベルンも。みんなでだ」


 俺の言葉に仲間たちが頷く。


「よし、それじゃあ『ペインタル廃坑跡迷宮』フロアボス戦、開始」


 そう『ゴプロ君G』にアナウンスして、俺達は大扉に手をかけた。

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