第47話 階段と異常なき異常
『無色の闇』の入り口に到達した俺達は、まっすぐに階段を目指す。
俺達がここを脱さねば、背後で
「焦らず行け!
打撃音と共にベンウッドのがなるような声が響き、迷宮の入り口に設置された鉄扉が封鎖される。
静寂に包まれた入り口エリアの中、俺は小さく息を吐きだして口を開く。
「これより『無色の闇』の攻略を開始する。目標は最下層──『
「いよいよね! がんばっちゃうよ!」
「プランは頭に入っています。行きましょう」
「うん。ボクらなら、いける……!」
三人娘がそれぞれに頷く。
俺を『クローバー』にしてくれた元生徒たち。
はじめこそ頼りなげな彼女たちの助けになれれば、などと思っていたが……随分と成長した。もう、生徒のようには見れないな。
「先行警戒はお任せくださいっす」
「任せる。ネネが頼りだ」
俺の言葉に嬉しげに笑って頷くネネ。
彼女も随分変わったように思う。どこか人生に悲観的だったネネはもういない。
それが俺の為なのだと思うと、少しばかりむず痒くなってしまうけど。
「ここに見ると、ちょっとトラウマよね」
一方、ジェミーは少し緊張した面持ちで階段を見ていた。
それはそうだろう。一度は死にかけた場所に再挑戦しようというのだから。
恐怖を感じたって仕方あるまい。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。今度は、アンタが一緒だもの」
そう笑うジェミーの言葉に少し気恥ずかしさを感じて思わず目をそらす。
素直になった彼女がこんなに魅力的であるなんて、五年間一緒にいたって気付けやしなかったというのに、不意打ちもいい所だ。
「ここから、なんだよね。お兄ちゃん」
抱え上げたままのニーベルンが、小さくそう漏らす。
小さく震えているようだ。
「ああ、ここが『無色の闇』。この世界の『塔』。そして、君の世界を崩壊に導いてしまった、俺の罪がある場所だ」
「ルンはそんな風に思ってないよ。でも、全部は……ここで繋がってるんだよね?」
「ああ。だから、行かなくっちゃ」
『黄金の巫女』でもあるニーベルン。
彼女にここに何かを感じている。俺と同じものか、あるいは彼女だけのものかはわからないが。
「よし、行こう」
俺の言葉を合図に、階段を降りる。
一歩一歩が重い。かつては感じなかった迷宮の拒否感じみた圧がどんどん強くなっていく。息苦しさを感じるほどだ。
「気配、濃い。前は、違った」
「ですね。違和感はありましたけど、こんな風に重苦しくは……」
「他の次元や時間のルールが流れ込んできてるみたい。お姉ちゃんたち、大丈夫?」
各々頷くが、この重苦しさは少し想定外だった。
だが、この重圧こそが世界を裏返らせるものだと思えば、理解も出来る。
こんなものが迷宮から溢れ出て世界を覆えば、何もかもが滅んでしまうだろう。
「先行警戒に出るっす」
階段を降り切ったところで、ネネがそう切り出す。
「了解。この状況だ、気をつけてくれ」
「わかってるっす。短めで切り上げてくるので、準備だけしていて欲しいっす」
そう告げてネネが駆けだす。
この奇妙に思い違和感の中でも精彩を欠かず動けるのは、すごい。
「さて、強化魔法をかけ直しておこう。レインとシルクは探知系魔法を……って、どうした?」
「いえ、精霊による走査はすでに。でも、少しおかしいんです。正常すぎます」
「ん。
〈
「こんなに重苦しいのに? 何も乱れていない?」
「はい。むしろ、安定しすぎていて──」
どういうことだ?
以上が何もないってことはないと思うのだが。
いや、待てよ。その考え方はフラットじゃない。
異常はある。
世界は正常と異常の差異が作り出すコントラストでできている。
つまり、いま最もコントラストが強いのは──……『俺達』だ。
「これは厄介なことになるかもしれないぞ」
「ちょっと、思わせぶりなこと言わないでちゃんと説明してよ!」
往年の仲間からの鋭いつっこみに、思わず苦笑してしまう。
こういうハッキリしたところは前のままだ。
「現在のこの場所において異常なのは、世界じゃなくて俺達の方なんだと思う」
「どういうこと? あたしにもわかる様にいってよ、ユーク」
「そのままの意味だよ。探知系の魔法は世界との差異──違いを可視化したり関知したりするものだ。探知できないってことは、いま俺達がいる階層は、世界として正しく機能しているってことだ」
周辺を見回す。石造りの壁に囲まれたオーソドックスな
そう、迷宮だ。だが、世界のルールに何ら反していないと判定されている。
つまり、この『無色の闇』内部が俺達の世界と何ら変わらない。そう判断され始めているのだ。
「つまり、世界が『透明な闇』に呑まれ始めてるんだろうな。そして、それを違和感に感じる俺達は、世界の異物ってわけだ」
「急ぐ必要がありますね」
シルクが目を細めて鋭くする。
すでに頭の中でプランの組み直しが行なわれているのだろう。
「それもあるが、他にもまずいことがある」
「探知系、使えない、こと?」
「そうだ。これまで以上に危険に留意して進む必要がある。急がなきゃいけない上に、危険は増す」
舌打ちが出そうになるが、こらえて考えを巡らせる。
探知系魔法が使えないということは、それに類する
知識と経験、そして勘で罠や仕掛けを感知するネネでも、探知系魔法のサポートが無くなればリスクは高くなってしまう。
こんな時、叔父ならどうする?
あの人は、この迷宮を一人で進んでいるのだ。
何か方策があるはず。
「……そうか」
頬をなぞって、俺は一つの推測に到達する。
できるはずだ。俺とて、
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