第46話 地下大空洞と黄金世代

 武器を持った影の人シャドウストーカーの姿が見える。

 いびつに歪んだ、大小さまざまな真っ黒な獣も。

 そして、それと戦う人影も見えた。


「来たか、ユーク!」


 真っ赤な手甲ガントレットをつけたベンウッドが声を張り上げる。


「状況は!?」

「見ての通りだよッ! くそったれ! サーガの奴、面倒ばっか押し付けやがる!」

「あいつが無茶を言うのはいつものことさ。こんなのは久々だけどさ」


 年に見合わぬ機敏さと力強さで魔物モンスターを薙ぎ払うベンウッド。

 そのベンウッドの背後を守るのは、真っ白な大盾と装飾された戦槌メイスを構えるドゥナのギルドマスター……マヌエラだ。

 ギルドマスターが二人も迷宮ダンジョンにそろっているなんて、地上は大丈夫なのだろうか。


「サーガおじさんは?」

「お前らの準備があると言って先に『塔』へ入った! 儂らはお前たちの露払いだとよ!」


 だが、状況はいいとは言えない。

 『無色の闇』への入口を塞ぐように影の人シャドウストーカー魔物モンスターたちが行く手を阻んでおり、その一部が散発的に攻撃を仕掛けてきている。

 さらに、魔物モンスターたちは次々と地面から起き上がる様にして数を増やしていた。


「お二人を連れて行ったん退きますか?」

「いや、無理だな。後ろを見てみてくれ」

「──こ、これは!?」


 シルクが顔を青くする。

 俺達が降りてきた階段はすでに霞のように消え失せ、岩壁に変化してしまっていたからだ。

 理由はある程度推測できる。おそらく、先ほどまでいたあの場所、『フィニス冒険者ギルド』の酒場はだったのだ。


 彼女の存在を起点として不安定な迷宮に楔を打ち込み、空間を固定化させたってところだろう。

 ただ、それをどのような手段でそれを成し得たのか俺にはわからない。

 叔父さんが何かしらの方法でそうしたのだろうが、『無色の闇』の特性をこんな風に利用するなんて、なんて無茶が過ぎる。


 おかげでベンウッドとマヌエラは上の階に退避することも出来ず、俺達をここで待つ羽目になったのだ。

 生きているうちに合流できたのはほとんど偶然とすらいえる。


「お、嬢ちゃんたちも健勝のようだな。よしよし……ジェミーも、大丈夫そうじゃねぇか」

「ニーベルンも無事だね。さすが、サーガが見込んだだけのことはある」


 不敵に笑いながらギルドマスター二人は魔物たちを軽々なぎ倒す。

 さすが、超A級と言われた黄金時代の冒険者だ。


「さぁ、やるか。『塔』に入ったら突っ走れ。足止めくらいは任されてやる」

「だが、それじゃ……ッ」

「アタシらの事は気にしないどくれ。ボウヤに心配されるほど衰えちゃいないよ。適当に切り上げて先にあがらせてもらうさ」

「おうよ。久々に〝暴虐〟と〝殴殺〟が二人そろってんだ。久々に暴れまくってやる」


 戦槌メイスを構えたマヌエラが、口角を上げてニヒルに笑い、ベンウッドは両腕の手甲ガントレットを打ち合わせて周囲の魔物を威嚇する。


「──ふむ。〝贋賢フェイクセージ〟もおるんじゃがの」


 強烈な爆発、次いで氷粒を伴った吹雪が集まりつつあった魔物たちを吹き飛ばし、凍り付かせる。


「やれやれ、こんな所に〝繋ぎパス〟エリアを作りおって。サーガめ、いくら渡り歩く者ウォーカーズだからといって、好き勝手が過ぎるわい。ワシでなければどうなっていたことやら」

「……モリア老?」


 闇の中からするりと姿を現したのは、『スコルディア』所属のモリアだった。


「久方ぶりじゃの、ユーク殿。噂はかねがね」

「どうしてここに?」

「なぁに、ワシもかつて真理の欠片に触れてしまった渡り歩く者ウォーカーズの一人じゃからの。それに、元〝勇者〟の端くれでもある故な」

「〝勇者〟……!」


 モリアの素性についてはよく知らない。

 優れた魔法使いだということは聞いていたが、まさか元〝勇者〟だったなんて。


「モリアさんも〝勇者〟なの? ユークとおそろいね!」

「左様。考えすぎるところもよく似ておってな、他人事とは思えんわい」


 マリナに好々爺とした笑みを浮かべるモリア。

 それにつられたように仲間たちが小さく笑う。


「サーガのぼんに頼まれての。お主たちと、ギルドマスターの事を任されたのよ」


 懐から【退去の巻物スクロールオブイグジット】を二つ取り出して、モリアが一つを投げてよこす。


「こんな高価なもの……!」

「『塔』を進むなら必要なものであろう。退路はいつも確保しておくものじゃよ」


 杖をゆっくり構えて、モリア老がゆっくりと息を吹き出す。


「それ、ギルドマスターのお二人よ、ゆこうぞ。『クローバー』を『塔』の入り口に押し込む……!」

「おう。モリア爺さんがいるなら余裕だぜ」

「はん、年寄りの冷や水にならなきゃいいけどね」


 気配を察したのか、魔物たちがにわかに殺気立つ。


「後は任るとよい。お主らは、自らの夢に進んでよいのじゃ」

「──……はい!」


 返事をして、仲間たちに目配せをする。

 みんな、すでに臨戦態勢だ。


「いくぞォッ!」


 ベンウッドが気合と共に、重い殺気を撒き散らす。

 思わず俺達も足がすくむほどの気当たり。

 それを容赦なく浴びせられた魔物が一瞬たじろぎ、硬直する。


 命無き者であっても、わかるのだろう。

 ベンウッドの放つあれは、絶対破壊の決意がこもった伝染する暴力である。

 これに中てられれば、危険に身がすくむのも当然だ。


 だが、足を止めたのは悪手だったと魔物たちはすぐさま思い知ることになった。

 静かにまるで歌うように流麗に紡がれた詠唱が、即座に完成する。

 何と美しい魔法式か。空中に描かれた魔法式の美しさといったら、目を疑うほどだった。


 直後、

 滑る様に、スパリと。まるでマリナの魔剣に斬られた鎧のように空間が斜めに裂けズレて、即座に戻った。

 だが、その影響下に遭った魔物たちはそうならなかったようだ。

 


「──第七階梯、魔法。〈空間断裂ワールドスプリッター〉。すごい、あんな、簡単に……!」


 隣を駆けるレインが、目を丸くしている。

 だが、呆けてはいられない。俺達を急かす声がマヌエラから放たれる。


「ほうら、アンタたち。ついてきな! アタシの後ろが一番安全だよッ!」


 マヌエラが大盾を構えて力強く駆ける。

『無色の闇』の入り口めがけてまっすぐ。全てを轢殺する壁となって。

 その背後を俺達はひた走る。ついていくのがやっとだ。


 背後では俺達に向かおうとする魔物たちをベンウッドが叩き潰して回っている。

 いまや、一張羅はボロボロで、体のそこらかしこにできた傷からは血がにじんでいるが、奇妙なことに笑っていた。


「ユークさん、先行して入り口の安全確認をしてくるっす」


 マヌエラの横を並走して消えるネネに頷いて、俺は少し遅れが出始めたニーベルンを抱え上げる。


「マリナ、シルク、入り口での戦闘に備えてくれ」

「了解!」

「わかりました」


 それぞれ武器に手を伸ばすマリナとシルク。

 ネネが先行しているとはいえ、もし戦闘があればもたつくわけにはいかない。


「レインとジェミーは臨機応変にサポートを。必要なら魔法の巻物スクロールも使ってしまっていい。この機会を無駄にするな!」

「ん。準備、おけ」

「いつでもいけるわ!」


 こちらはすでに臨戦態勢だ。

 二人とも、魔法使いとしての行動が板についている。


「入り口はすぐそこだ。あとは、まかせたよ……ッ!」


 急減速したマヌエラが身をひるがえして、俺の背後に鮮烈な盾撃シールドバッシュを揮う。

 今まさに俺に襲い掛かろうとしていた闇の獣たちが、その一撃で跳ね飛ばされて壁に激突した。


「行きな。ここから先は……アンタたちの物語だ」

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