第33話 再びの『死の谷』とマリナの成長

 少しばかり様相の変わった『死の谷』を慎重に進んでいく。

 地形そのものに変化はない。だが、動植物や魔物モンスターは『反転迷宮テネブレ』の影響を大きく受けているように感じられる。


 特に魔物モンスターの様子は前回調査した時と大きく異なる。

 この世界に根付いた魔物モンスター

 そして、それならざる魔物モンスター

 それらが、殺気を撒き散らしながら闊歩する様は、『死の谷』がすでに迷宮ダンジョンと化していることを、いやおうなしに俺達に知らせた。


 目に見えるほどの濃さで迷宮ダンジョンから『透明な闇』が溢れ出れば、周辺が迷宮ダンジョンへ変貌していても、理論上はおかしくはない。

 だが、この事実は俺達の世界が歪み崩れ去ろうとしていることを示しているのだ。


 出発のタイミングとしては、ぎりぎりだった。

 これ以上遅らせていれば、『ラ=ジョ』も迷宮化のあおりを受けていたかもしれない。


「ルートの確保、オーケーっす」

魔物モンスターはどうだった?」


 先行警戒から戻ってきたネネに確認を取る。

 『反転迷宮テネブレ』からこちらに向かって這い出してくる黒い魔物モンスターは数こそ少ないがかなり手強い。

 できれば戦闘を避けていきたいところだ。


「問題なしっす。逆に静かすぎるくらいっすよ」

「そうか。少し急がないとな」

「っすね。もう一度行ってくるっすので、進んでてくださいっす」


 再び駆け出すネネと俺の言葉に、横で報告を聞いていたマリナが小首をかしげる。


「静かならいいじゃないの?」

「ん? うーん……善し悪しだな。『王廟』がこれだけの暴走状態だっていうのに、動物も魔物モンスターもこの辺りに少ないってことは、どこかで群れを作ってるかもしれない」


 つまり、〝大暴走スタンピード〟の前兆である可能性が高いのだ。

 進路上にそれが出現すればひとたまりもないし、進路でなくともそれがボードマン子爵のいる『ラ=ジョ』や、避難中のマストマ王子を巻き込む危険がある以上、現状を手放しで喜んではいられない。


「むぅ、そっか。もっと早く、進まないと」

「ああ。だが、ここはすでに迷宮の中だ。迷宮攻略ダンジョンワークのセオリーを守って確実に行こう」

「焦りは禁物、だね!」


 納得した様子のマリナに頷いて、俺は仲間たちの様子を確認する。

 特に冒険が初めてのニーベルンと、久々の実働になるジェミーには気を配らねば。

 視線に気付いたらしいジェミーが、少し不機嫌そうな目で俺を見る。


「大丈夫よ。これでも随分ギルドマスターに鍛えられたの。ママルさんにもね」

「そりゃご愁傷様だな。でも、無理はしないでくれよ」

「もう足手まといはごめんだもの」

「俺に気を遣うなよ? 強化魔法、いるか?」

「過保護すぎんのよ! 甘やかなくても自分の足で歩けるわ! それよりもルンをちゃんと見てあげてよね」


 何も怒らなくたっていいじゃないか。

 まあ、あの頃よりも成長したってことなんだろう。


「ルンも大丈夫です。冒険者になるためにジェミーさんとたくさん訓練もしました!」

「ならいいんだ。二人だけじゃなくて全員だけど、何でも気兼ねなく言ってくれ。遠慮はなしだ。何とかできることは何とかするのがサポーターの仕事だからな」


 俺の言葉に、仲間たちが小さく笑う。

 わりと大まじめだったはずなんだけど、どこか変だったのだろうか。


「変わりませんね。ユークさんは」

「ユークは、ユークのまま、だね」

「……? なにか、変なことを言っただろうか?」


 苦笑する俺に、マリナがいよいよ噴き出す。


「ヘンじゃないけど、ヘンかも! だって、〝勇者〟で〝神の使徒〟で伝説の〝渡り歩く者ウォーカーズ〟なのに、ユークったらサポーターのままなんだもん」

「肩書がどうあれ、やることは変わらないさ」


 誰にどう呼ばれようと、俺は『〝赤魔道士ウォーロック〟のユーク』なのだ。

 ザグナルの首を一刀両断する剣技も、小太陽のごとき火炎を生み出す魔術もなく、身を潜めて危険を先見する技術もない。

 ただ、それを揮う者を支えることだけが得意な、サポーターなのだ。


 つまるところ、俺に向けられる期待や名声というのは『クローバー』へのものであって、俺個人に向けられたものではない。

 とはいえ、これに気が付いたのはほんのごく最近……それこそ、数日前のこと。

 肩書やら使命やらに押しつぶされそうになっていたの隣を、ともに歩いてくれると誓ってくれたみんなのおかげだ。


 だから、俺は自分がサポーターであると言ったわけなのだが……彼女たちにとっては、それが少し不思議だったらしい。


「ユークはそれでいいのよ。妙ちきりんな自信持ってるよりずっといいわ。あ、ヤバ。自分で言ってて、ちょっとへこみそうかも」

「ジェミーさんって、思ったよりも話しやすくて好き!」


 マリナがジェミーにダッシュハグを決める。

 呻いてる手前笑うのも申し訳ないが、あれの洗礼を受けたということは、パーティに馴染んでいるということだ。

 少しばかり心配していたが問題なさそうだな。


 目標の地点まであと数刻。

 騎山羊マパラを借りるかどうか迷ったのだが、あれは住民の避難にも、ボードマン子爵が緊急脱出するにも必要だ。

 迷宮に入る俺達が乗り捨てにするには、無駄遣いが過ぎると考えて口に出さなかった。

 現在のところ進行は順調だ。これで間違っていない。


「……ユークさん!」


 シルクが鋭い声を上げる。

 同時にマリナが剣を抜き、レインとジェミーが杖を構えた。

 当然、俺も剣を抜いて強化魔法の付与を始める。


 こうも広ければ、ネネの先行警戒の外からでも魔物モンスターは来る。

 今回は、シルクと彼女に侍るビブリオンが気が付いてくれた。


「──そこッ!」


 素早く放たれた矢が、死角となる崖から飛び出した獣を射抜く。

 精霊ビブリオンによる予知とシルクの弓の腕による先制攻撃はそう避けられるものではない。

 不意打ちのつもりが不意を打たれるのだから、襲撃者としてはたまったものではないだろう。


「ギャギッ」


 悲鳴を上げながら崖を転がり落ちる大砂蜥蜴をマリナが一太刀で切り裂く。

 魔剣化も使わず振るったというのに、砂大蜥蜴は真っ二つだ。


「まだ来ます。向かって右前方!」

「バリオニクスだ! 手強いぞ……ッ」


 この走小竜ラプターを巨大化したような魔物モンスター──バリオニクスは、かつて俺達が戦ったザグナルと住処を同じくし、ヤツと縄張り争いを繰り広げるような高ランクの魔物モンスターだ。

 サルムタリアの『死の谷』で見られる魔物の中では最も凶暴で、最も危険な魔物モンスターでもある。


「大丈夫! あたしたちだって成長してるんだもの! ユーク、お願いね!」

「ああ! みんな、戦闘開始だ! 俺達なら負けやしない!」


 ありったけの身体強化魔法をマリナに付与して、俺は声を張り上げた。

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