第34話 最適化とジェミーの悔恨

「ガアアアアッッ」


 咆哮を上げながら、バリオニクスが迫る。

 周辺の魔物はことごとくが凶暴化しているが、こいつに限ってはいつも凶暴なので違いが判らない。

 そもそも、これまで運よく出会うこともなく、今回運悪く発動ぐう戦となってしまった魔物だ。

どう対処するか、少しばかり迷ってしまう。


「いや、まずは──」


 遭遇戦での赤魔道士のセオリーは、弱体魔法だ。

 凶暴化しているとして、元気に暴れまわってもらうわけにはいかない。

 こちらには、今回が初冒険の新人ニュービーいるのだから。


「──<麻痺パラライズ> <鈍遅スロウ> <猛毒ベノム> <綻びコラプス> <目眩ましブラインドネス> <チェイン>ッ」


 無詠唱待機させておいた弱体魔法を一息の内に、叩きつける。

 いかな『反転迷宮テネブレ』で凶暴化した魔物モンスターと言えど、どれかは作用して隙を作ってくれるだろう。


「ガゥッ!?」


 俺の予想は、外れていなかった。

 むしろ、俺の弱体魔法は苦戦必至と思っていたBランクモンスターの動きを完全に封じ込め、それに些か驚くことになった。


「もらったぁッ!!」


 地面が割れるほどの踏み込みで以て、突進したマリナの黒刀が、バリオニクスの首を裂いて落とす。それで、終わりだった。


「もう、ユーク。深刻な声出すからちょっと力んじゃったじゃない」

「……そうではないんですよ、マリナ」


 緊張を解いたシルクが、小さく息を吐きだしながら苦笑する。


「ユークさんの魔法が、強力だっただけです。覚えていますか? ザグナルのこと」

「うん。あのすっごく強かったヤツね?」

「今戦ったバリオニクスは、ザグナルと同じBランクの魔物なんですよ」

「……え?」


 今になってあの時の恐怖がよみがえったのか、マリナが狼狽した感じで死骸となったバリオニクスを振り返る。

 魔剣化もせず一太刀で首を落とすあたり、マリナの成長も目覚ましい。

 だが、驚いたのは、やはり俺自身の魔法の精度だ。


「さっすがユーク! 助かっちゃった!」


 久々のダッシュハグを受け止めながら、考える。

 あの時のザグナルは特殊個体か名前付きネームドだったと後で聞いた。

 ザグナルでも手強い個体であったのは確かだが、俺の魔法が高ランクの魔物をああも容易に拘束できるほどの精度がなかったのも確かだ。


 おそらく、原因はアレだろう。

 〝存在証痕スティグマタ〟──『ペルセポネの祝福』の最適化だ。

 あの力が、借りものから昇華されて、俺の中で正しく機能している。

 この世界のバランスが崩れ、青白き不死者王のおわす『灰色の野』の気配を〝存在証痕スティグマタ〟が感じ取っているのかもしれない。


 ありがたいと言えるが、状況的には笑えない話だ。


「ルート確認オーケーっす──……って、なんすか!? このでかいのは!」

「魔物と遭遇戦になったんだ。殺気立ってる」

「血の匂いで集まってくるかもしれんっす。移動しちゃいましょう」


 ネネの提案がもっともなものだったので、俺は推測を後回しにして仲間たちに進行の合図を出した。



 しばし歩いた先、ネネが見つけてくれた手ごろな岩窟で俺達は休息をとっていた。

 フィールド系迷宮ダンジョンは、『クローバー』にとっても初めての体験となる場所。

 これまで何度か調査に入った『死の谷』とはいえ、ここがすでに迷宮ダンジョンと仮定すれば、迷宮攻略ダンジョンワークのセオリーは守ったほうがいいだろう。


「そろそろできるぞ」


 『ラ=ジョ』から持ってきていた食材を軽く調理して、皿に盛りつけていく。

 食わるタイミングで食事をとるのも、冒険者の立派な仕事の一つだ。


「今日は、なんの、スープ? かな?」

「少し懐かしいのが湧いたよ。今日は魚介のスープだ」


 【常備鍋スープストック】を覗き込んだレインが、懐かしい匂いに顔をほころばせる。

 よそって渡すと、マリナとシルクも同じ顔をした。


「ユークの料理って久しぶり。こうして外で食べるとありがたみが身に染みるわ……」

「お嬢様、塩加減はいかがですか。胡椒の追加もありますよ」

「う、やめてよ。悪かったってば」

「そんな風に言ってもらえる日が来るなんて思ってなくてな。すまん、少し意地悪をした」


 ジロリと俺を睨むジェミーに、俺は小さく苦笑を返す。

 かつて『サンダーパイク』にいた頃、ジェミーは俺の料理に随分とたくさんの注文をしたものなのだ。

 今となっては、料理のレパートリーが増えたと少しばかり感謝もしている。


「でも、ほんと……アタシ達ってバカだったのよね」

「『サンダーパイク』の事ですか?」


 ジェミーがシルクに頷いて応える。


「サイモンもバカだし、バリーはもっとバカだったし、カミラはナメてた。もちろん、アタシもあいつらと同じくらいクズだった」


 焼けた鶏肉をフォークでつついて、小さく鼻をすするジェミー。

 参ったな……この状態になると、彼女は少しばかり長い。なだめるのが大変だ。


「美味しいごはん、迷宮ダンジョンで食べられなくなってから……アタシ、失敗したって……やっちゃったって……」

「いいじゃないですか。今、こうしてるんですから」


 あっさりとした様子で、シルクが告げる。


「以前がどうだったなんて、関係ありません。今は『クローバー』の仲間なんです。それに、わたくしは、少し良かったとも思ってるんですよ?」

「……?」

「ユークさんにとって、『サンダーパイク』は辛い場所でした。わたくしも、暴言を吐かれて泣いた日の事を覚えています」


 シルクの言葉に、ジェミーが涙をにじませる。


「でも──あなたは、あの日……わたくし達を助けてくれたじゃありませんか。それに、今この状況を思えば、ユークさんにとって、あなたは必要な人だったと思います」

「アタシが?」

「はい。わたくし達は、まだまだ生徒扱いされてしまいますからね。どんな状況であれ、ユークさんが五年間も肩を並べて冒険したあなただからこそ、助けられる場面があると思いますよ」


 さて、シルクは予想以上に鋭いな。

 やはり俺は、無意識に三人娘を生徒のように接してしまうこともある。

 リーダーという立ち位置が、教官であったころに近しいからかもしれないが。

 ネネにしても、まだ経験の浅い部分もあって、やはり似た接し方になってしまうのだ。


 その点、ジェミーにそういう態度は取れはしない。

 五年間も一緒に冒険をしていれば、お互いに青臭い失敗談も共有しているのだから。


「ジェミー。そう言う事だから、この話は終わりだ。俺達は『クローバー』として新しく冒険を始めればいいんだ。初依頼が『勅命依頼キングスオーダー』で最難関迷宮の攻略なのは申し訳ないけどな」


 俺の軽口に、ジェミーが涙をぬぐって笑う。


「しっかりサポートしてよね」


 久しぶりの挑戦的な笑みに、俺は頷いて返すのだった。

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