第27話 思わぬ再会と相変わらずの師

 振り向くと、そこには見知った顔の人物が立っていた。

 ざっくりと大雑把に整えられた黒髪、濃く赤い瞳、自信ありげな口元。

 ずいぶんと久方ぶりであるはずなのに、その姿は記憶の中のその人そのままで、俺は驚きで言葉が出てこなかった。


「ユーク。久しぶりだというのになんだよ、その顔」

「おじさん……!」


 俺の、叔父──サーガ・フェルディオがそこに立っていた

 近寄ってきた叔父は俺の肩をポンポンと叩いて、にこりと笑う。


「でかくなったな。それに頼もしくもなった。いい冒険者の面構えになってる」

「そんな事より、今までどこに──」


 俺の言葉を遮るようにして、背後からでデカい殺気が圧迫感を伴って押し寄せた。


「サーガァ……! テメェッ!」

「おいおい、ベンウッド。なにキレてるんだ」

「儂らに全部押し付けやがって! どこほっつき歩いてやがった!」


 どすどすと歩いてきたベンウッドが掴もうとするが、それをするりと避けて(ついでに〈チェイン〉の魔法で拘束してから)サーガおじさんがこちらに歩いてくる。


「あの奥手で純朴なユークが美人を侍らせてるなんて。少し驚いたよ」

「あ、あの……」

「やあ、お嬢さん。うちのユークはどうかな? 夜はかわいがってもらってる?」

「ユ、ユークさんは、とてもよくしてくださっています」


 何を尋ねているのか。

 そして、シルクは何を答えているのか。

 緊張した場の空気が、一気に緩んでしまった。


「よし、それでいい。少しばかりみんな緊張しすぎだ。これじゃあ気が焦って冷静に話も出来ないだろ?」


 にこりと笑ったサーガおじさんが、指を鳴らしてベンウッドの魔法を解く。

 相変わらずの鮮やかな魔法操作。

 俺の知る中で最も優れた〝赤魔道士ウォーロック〟の腕は健在だ。


 敬愛するべき師匠。憧れの冒険者。

 彼が戻ってきた、という事実が俺を少しばかり高揚させ、恐怖と緊張を拭っていく。不思議と、何とかなるんじゃないかと思ってしまう。


「ふむ。貴公は何者か」

「僕はサーガ・フェルディオ。しがない冒険者で、彼の叔父だよ」


 警戒した様子のマストマに対して、笑顔のまま自己紹介をするサーガおじさんにどこか懐かしいものを感じてしまう。

 この人は、いつもどこか自然体で悠然としているので、不敬とか考えてはいなさそうだ。


「左様か。我はマストマ……ユークの友にして、ここ『ラ=ジョ』を治める王血に連なる者だ」

「ユークに君のような友人がいて、僕はとても嬉しいよ」


 マストマの名乗りに、サーガおじさんは優雅に会釈をする。

 そんなおじさんの肩を、いよいよベンウッドのでかい手が掴んだ。


「おい、サーガ。ほんっとに今までどこ行ってたんだ。お前がいねぇんで、儂みたいな粗忽モンまでギルドマスターの椅子に座らされてんだぞ」

「悪かったよ。いろいろ事情があってさ。でも、ママルさんと一緒だろ? それに約束通りちゃんと戻ってきた」

「ぐむ……」


 様子からして、ベンウッドとサーガおじさんの間にも何かしら事情でもあるらしい。


「さて、諸君。この状況はなかなかまずいね」


 【タブレット】を指すサーガおじさんに言葉に、俺は気を引き締める。

 この飄々とした空気に騙されてはいけない。

 これでも彼は伝説的な冒険者なのだ。


「『反転迷宮テネブレ』とはまたオシャレな名前を付けたものだ。あれについて、どこまで知っている? ユーク」

「迷宮構成要素である『無色の闇』が地表に溢れたものかと……」

「よしよし、相変わらずお前は優秀だな。ほぼそれで正解だ」


 大きくうなずくサーガおじさんは、以前と変わらない様子だ。

 まるで、俺が冒険者修行を受けていた時のようなおおらかさ。


「あれは文字通り〝世界の裏側〟だ。この世界の法則は通用しない。この世界の存在定義しか持たない人間が、あれに触れれば、あんな風にしまう」


 叔父の説明に、シルクが割り込む。


「ちょっと待ってください。ユークさんは『無色の闇』の中を彷徨ったと聞いています。『反転迷宮テネブレ』が『無色の闇』と同質のものなら、ユークさんは大丈夫なのですか?」

「安心するといい。いま、そこにユークが無事でいることが答えさ」

「なら、どうして……」

「シルク、答えはわかってる。これだ」


 そう言って、俺は左頬を指す。

 反応していなければ薄くてわからないような紋様のごとき痣。


 ──ペルセポネの祝福。


 おそらく、これが俺をこの世界ならざる者に定義している。

 故に、俺はあの透き通った闇の中を平然と行くことができたのだろう。


「そう、それだ。それがなければ、お前は死んでいたんだよ」

「幸運かどうかは別だけど」


 ペルセポネは邪神の類だ。

 それに魅入られたことが幸か不幸かを判断するのは難しいが、少なくとも得た力と特性で俺は何度か命を拾っている。

 俺にとっては御利益のある神様と言っても差し支えないくらいだ。


「では、本題に入ろう。僕はこれを止めに来た」

「サーガ。お前ってやつは相変わらず自信満々だがな……どうにかできるのかよ」

「もちろん無理だよ。僕一人じゃね」


 サーガおじさんから流し目のような視線が、俺に注がれる。


「俺?」

「そう、お前さ。持つべきものは優秀な甥だね。それに、お前のことだ、何とかしようとしてたんだろ?」


 叔父の言葉に俺は頷く。

 この人手不足に、優秀な叔父の存在は渡りに船だ。

 だが、ベンウッドの表情は険しい。


「いきなり来て仕切ってんじゃねぇぞ、サーガ。お前がいるならワシらだって現役に復帰する。それが約束だったはずだ」

「当然、頭数に入れさせてもらってる。ベンウッドとママルさん、マニエラは僕を手伝ってもらうよ」

「勝手を抜かしやがって」


 口ではそう言いながら、ベンウッドの顔はどこか嬉しげにも見える。

 叔父のああいう、天然な人誑しなところはずるい。


「さて、詳しい話は明日しようじゃないか。マストマさん、どこか泊るところはないか? ここに来るのは少々骨が折れてね」

「それならば──」


 マストマを遮って、口を出す。


「それなら、俺の拠点に。少しなら酒も出せるよ」

「悪くないね。久々に家族の語らいも必要だしな」


 笑顔で頷く叔父に頷き返して、俺はベンウッドとマストマに目配せをする。

 どうにも、俺の叔父という人は場を乱しがちなようだ。

 故郷にいるころは純粋な尊敬しかなかったが、俺も大人になれば叔父のまとう空気というものがわかる。


 言い方は悪いが、問題が起こらないように監視する必要があるだろう。

 それに、サーガおじさんの言う通り、家族の語らいもした。

 伝えたいことがたくさんある。


「行こう、シルク。おじさんをみんなに紹介しなくっちゃな」

「が、はい」


 少しばかりパニック状態らしいシルクの手を引いて、俺は叔父と共にギルド建屋を後にした。

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