第26話 独断と影の人の正体

「すまぬな、うちの愚兄が」

「今回ばかりは慰めの言葉しか浮かばないよ」


 落ち込んだ様子のマストマに軽口を叩きながら、設置された【タブレット】を確認する。

 映っているのは、『死の谷』を進むラフーマ王子の一団だ。

 武闘派を名乗るだけあって、魔物モンスターと遭遇しても臆さず戦ってはいるが……いかんせん、魔物との戦闘においては連携や技術が拙い。


 実際に、彼等と相対しても感じたことだが彼らは肉弾戦一辺倒なのだ。

 マストマによると、ラフーマ王子が率いるのはいわゆる軍隊である。

 どちらかというと人間との戦闘に重きを置いた兵士たちで、魔物との戦闘に慣れていない。


 そこで、俺や仲間たちを先頭に立たせるべく取り込もうとしたようだが、俺が少しばかり灸を据えてやったことで考えが変わったらしい。

 つまり、冒険者として訓練していた『ラ=ジョ』の住民を徴兵して代用しようというわけだ。


「まずいな……」


 『反転迷宮テネブレ』の領域まで距離はある。

 救援に向かえる距離ではあるが、状況は芳しくない。

なにせ、【タブレット】に映し出されるラフーマ王子の軍団は既に満身創痍だ。


 ほとんど魔物モンスターに対応できず、死傷者が増えゆくさまが【タブレット】に映し出されている。


「どうする、マストマ? 救援にでるか?」

「どうせ間に合わん。愚兄に付き合わされた民には申し訳ないがな……」


 そう呟きながら【タブレット】に視線を向けるマストマ。

 その視線は、ラフーマ王子への怒りと、『ラ=ジョ』で生活を共にした臣民への憐憫で、複雑なものとなっていた。


「……ッ! あの大バカ者が!」


 マストマが声を荒げる。

 あろうことか、ラフーマ王子を含む一部が戦闘を置き去りにしてその場を離れたのだ。

 王子と近衛は、山岳用の騎乗獣であるマパラに乗っている。

 あの大型の山羊のような動物であれば、『死の谷』であっても駆けることができるだろう。


「最低ですね」


 横でその様子を見たシルクが、吐き捨てるように呟く。

 現場の判断として、上位者を逃すというのは間違ってはいない。

 だが、無謀無策のまま飛び出してのこの行動は、俺からしても気分のいいものではない。

 親族であるマストマには申し訳ないが「帰ってきてくれるなよ」とすら心の中で呟くくらいに。



 【タブレット】に映し出される戦いは終わった。

 今は凶暴化した魔物たちが、かつて人間であった死肉を貪っているのみ。


 ラフーマ王子とその近衛はは設置型『ゴプロ君』の配信範囲外に出てしまって消息不明だ。

 今は、王立学術院の研究者が俺達が設置した別の設置型『ゴプロ君』で探している。


「マストマ、どうする」

「警備体制を強化せねばなるまい。人の味を覚えた魔物モンスターどもが、ここに向かてくる可能性もある」


 『ラ=ジョ』は岩山を削った土地に作られた町だ。

 入り口付近に壁はあるが低く、魔物モンスターの襲撃を長時間防げるようなものでもない。

 その壁にしても町を囲んでいるわけでもなく、先ほどの配信映像のような群れが押し寄せればたちまち町の中への侵入を許してしまうだろう。


 これまでは、それを兵士と冒険者見習いでこれを防いでいた。


 ネネや他の斥候スカウトが代わる代わる町の周辺を警戒し、あるいは追い払い、町のそばにくれば警笛を鳴らして撃退していたのだ。


 しかし、今回ラフーマ王子が興した無謀で愚かな暴挙は、そのサイクルが維持できないほどに人材を失わせてしまった。

 このまま手をこまねいていたら、『ラ=ジョ』が魔物モンスターの群れに襲われるのも時間の問題だろう。


「やはり踏み込むしかないか」


 俺のつぶやきに、ベンウッドが反応する。


「『反転迷宮テネブレ』にかよ?」

「本当はそれを相談に来たんだよ、ベンウッド。フィニスに戻っている時間もないし、そういう状況ではなくなったからな」


 俺の返答に、ベンウッドが「ふむ」と髭を撫でる。


「勝算は?」

「わかるもんか。一から十まで全部推測で動くことになるからな」


 そう、実証エビデンスは何もない。

 欠片ほどの可能性に賭けて、あの中に踏み込むしかない。


「……見つけました!」


 マストマとベンウッドに、計画の説明を始めようとしたまさにその時、設置型『ゴプロ君』の配信を監視していたボードマン子爵が声をあげた。

 すぐさま、俺達も中央の大型【タブレット】に視線を向ける。


 画面には、マパラも失ってほうほうの体で逃げ惑うラフーマ王子の姿が映っていた。

 場所は……今や『反転迷宮テネブレ』の接弦地点となっている、あのキャンプ予定地だ。


「様子がおかしいな……」


 マストマの声に頷いて、俺も【タブレット】の配信映像に見入る。

 周囲に魔物モンスターの姿が見当たらないのに、ラフーマ王子は何かから逃げまどっている。


 その理由は、すぐにわかった。


影の人シャドウストーカー……ッ⁉」

「ユークさん! この影の人シャドウストーカーの装備品、見てください」


 シルクの声に促されて、確認するとそれは見覚えのあるものだった。

 そう、ラフーマ王子率いる近衛兵の装備だ。

 顔は真っ黒に塗りつぶされていてわからないが、嫌な予感しかしない。


 そして、俺の嫌な予感は的中してしまった。


「これ、は……!」


 迫る影の人シャドウストーカーから後ずさりするラフーマ王子が黒い壁──『反転迷宮テネブレ』に触れた瞬間、それは起こった。

 触れた指先から這い上がる様に真っ黒な何かがラフーマ王子を侵食していき、ほんの数秒ほどで彼はすっかり人でなくなってしまった。


 悲鳴が消えて静かになった映像の向こう側で、ラフーマ王子であった影の人シャドウストーカーは、ゆっくりと立ち上がり……そのまま他の影の人シャドウストーカーと共に『反転迷宮テネブレ』の先へと消える。


 息が止まりそうなほどの恐怖が背筋を這いあがって、俺は血の気を引かせる。


 これはダメだ。

 こんなものの中に、彼女たちを連れて行けない。

 震える俺の手を、シルクが握る。彼女も小さく震えているようだった。


「ま、そうなるだろうね……」


 震える俺達の背後で、どこか懐かしいひょうひょうとした声が響いた。

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