第25話 重なる想いと厄介ごと

「……」


 『クローバー』全員が集まってから、俺は例の話を切り出した。

 そして帰ってきた反応が、この沈黙である。


 わかってはいるのだ。

 また、俺が独断専行しようとしたことに、呆れているのだろう。

 沈黙を破ったのは、シルクだった。


「話してくださって、ありがとうございます」


 小さく息を吐きだしながら、シルクが微笑む。


「でも、ユークさん? 抱え込みすぎですよ」

「すまない」

「お気持ちはわかります。わたくし達だって、混乱していますからね」


 困ったように笑ったシルクが、両隣に座るマリナとネネに目配せをする。

 すると、二人も同じように困った顔で笑った。


「予想はついてたんすよ」

「え?」


 ネネの言葉に、俺は思わず言葉を失う。


「ユーク、ここのところ悩んでたみたいだから。あたしもね、ちょっと考えてた」

「マリナ……」

「でも、それとこれとは話が別だよ! あたし、ついていくからね!」


 少し沈んだ様子だったマリナが吹っ切れたように強い瞳で俺を見据える。

 ああ、これは何言ってもダメだ。

 以前、ザグナルに遭遇した時と同じ顔をしている。


 マリナという女の子は、こうと決めたら曲げようとしない。


「当然、わたくしもです。足手まといになるつもりはありません」

「私もっす。斥候スカウトなしで『無色の闇』に挑むのが無謀なのは、ユークさんが一番よく知ってるはずっすよ?」


 仲間たちは誰一人、怯みも恐れもしていない。

 そんなことは、わかっている。

 俺の自慢の仲間たちは、ただ「ついてきてくれ」と言えば、こんな無茶な冒険にだってついてきてくれるだろうことは、わかっちゃいるのだ。


 だからこそ、俺はそれが言えない。


「みんな、聞いてくれ」

「ううん、聞かない」


 俺の切り出した言葉に、マリナが首を横に振る。


「今回はダメだっていうつもりでしょ? でも、それは聞けないよ」

「だが……」

「だがもしかしもダメ。絶対についていくもん」


 少し涙目になりながら、マリナが俺を見つめる。


「ユークさん、わたくし達を侮ってもらっては困ります」

「侮ってなんかいないさ。みんな、本当にいい冒険者になった」

「そうです。わたくし達は、冒険者になったんです。もう、生徒ではないんですよ、先生」


 強い言葉を口にしながらも、満足げに微笑むシルク。


「あなたについていきます。絶対に」


 いつになく強い姿勢のシルクに、俺は少し気圧される。

 これじゃあ、どっちが説得してるのかわかったものではない。


「諦めるっす。私達は自覚して自惚れて自認して、決めたんすよ」


 ネネが口角を釣り上げながら、そう口にする。

 その声はどこか弾むように喜色に満ちていて、まるで場にそぐわないものだったが、覆しようのない強い意志のようなものを感じた。


「……わかったよ」


 俺の絞り出すような返事に、三人がふわりと微笑む。

 結局のところ、勝てやしないのだ。彼女たちには。


「レインは何かないの?」

「ボク? ううん。ボクの思いは、もう伝えた、から」

「ずるい!」


 余裕綽々なレインに、マリナが頬を膨らませる。


「もう、マリナったら。それで? ユークさん。計画を説明してくださいな」

「【探索者の羅針盤シカードコンパス】を使う」


 俺の返答に、シルクが小さく首をかしげる。

 それに対して、レインが説明を始めた。


「『無色の闇』は、迷宮の根源。えっと、迷宮は枝葉で、幹が『無色の闇』、なの」

「……もしかして、『反転迷宮テネブレ』に突っ込むんですか?」

「うん、そう。あれは、溢れ出した『無色の闇』の一端、だから。必ず、どこかで『塔』と繋がってる、はず」


 レインの説明に、思わず感心する。

 俺の考えをここまでわかってくれているとは、少しばかり嬉しい。


「『反転迷宮テネブレ』から『無色の闇』に入って、マストマから借りた【探索者の羅針盤シカードコンパス】を使う。それで、『塔』と『深淵の扉アビスゲート』へのルートを探す」


 レインの言葉を継いで、俺が計画の概略を口にする。

 はっきり言って、行き当たりばったりかつ、希望的観測が山盛りになった穴だらけの計画だ。とてもじゃないが、まともな攻略計画とは言えない。


 だが、シルクはそんな与太話じみた計画にに小さく何度か頷いて、メモにペンを走らせた。


「わかりました。必要な物品の洗い出しを行います。『無色の闇』対応でいいでしょうか」

「あ、ああ」

「突入日程の調整もわたくしが行ないます。ギルドのサポートも欲しいですし、一度突入計画を詰めてギルドマスターにも相談しましょう」

「わ、わかった。頼むよ」


 普段通り……いや、それ以上にてきぱきとした様子のシルクに頷いて返すと、今度こそ普段通りの笑顔が返ってきた。


「お任せください、ユークさん。わたくし達なら、大丈夫。……でしょう?」

「──ああ」


 シルクに頷いて、俺も気を取り直す。

 ここから気合を入れ直さねば、と立ち上がったところで執事の一人が駆けこんできた。

 普段冷静な彼にしては珍しいことだ。


「ご歓談中、失礼いたします。旦那様、火急の知らせがございます」

「どうかしましたか?」

「ラフーマ殿下、およびその指揮下にある兵団が武装した住民と共に打って出てございます」


 そう言えば、打って出るとか言っていたな。

 一応、止めはしたはずだが何か考えがあってのことだろうか?

 いずれにせよ、勝手に兵士と住民を連れて行ったとなれば、町の防衛に関しての再編で対応が必要となる。


「ギルドに向かう。シルク、一緒に来てくれ」

「わかりました」


 ギルドでは配信用魔法道具アーティファクトの準備が進められている。

 定点配置された『ゴプロ君』で、ラーフマ王子のある程度の動きが掴めるかもしれない。


「厄介ごとばかりだな、あの人は」


 そうぼやいて、俺は屋敷の外へと飛び出した。

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