第24話 独りよがりな計画と共にある温もり

 すっかりと戦意喪失したラフーマ王子とその取り巻きを残してマストマ邸に向かった俺は、顔パスでそのままマストマの私室へと通された。

 念のため、ラフーマ王子の件について報告と謝罪を行って、「捨て置け。次は殺してもよい」とお墨付きをいただいたところで、俺は『塔』についての推測と話し合いの結果を口にする。


「なるほどな……。さりとて、ここから戻るにも些か遠かろう」

「ええ」


 そう短く返事をする俺に、マストマが小さく口角を上げる。

 細く鋭くなった視線を俺に向けて、意見を促すように顎をしゃくった。


「何を遠慮している。ここには我とお前しかおらん。何を考えてるか言ってみせよ」


 優れた施政者である彼は、観察眼にも優れている。

 隠し事のつもりではなかったが、少しばかり俺が迂闊だったようだ。


「『王廟』から漏れだしてるあれが本当に『無色の闇』であれば、はずだと思ってね」

「一度痛い目を見たのではなかったのか? 赤魔道士ウォーロック


 不敵な顔で問うマストマに、俺は苦笑で返す。

 俺とマストマの間にある縁と、『無色の闇』との関係は深い。

 レインが彼に賭けを挑み、それを汲んだマストマの協力があってこそ俺は戻ってこられた。


「だが、言いたいことはわかったぞ。【探索者の羅針盤シカードコンパス】だな?」

「ああ。あんな国宝級の魔法道具アーティファクトを軽々に貸してくれだなんて、さすがに言いづらい」

「ここに至って遠慮はなしだ。それで……勝算はいかほどある?」

「五分五分だと思う。だから、あの中に踏み込むのは俺一人だ」


 俺の言葉に、ピクリと眉を吊り上げるマストマ。


「危険であろう?」


 マストマの本心からであろう言葉を受けて、俺は言いあぐねていたことを口にする。


「実のところ……俺は異界の邪神の祝福を受けている」

「初耳だな?」

「そう喧伝する話でもないさ。親しい人間以外にはな」


 少しばかり過剰と言えるリップサービスだったが、本心でもある。

 無茶を通すというならば、こちらもそれなりに腹を割ってみせる必要があるだろう。


「『無色の闇』と関係がある神なのかはわからないが、これのおかげで俺は『塔』の気配に敏感だ。あの場所と縁深いのさ。だから、【探索者の羅針盤シカードコンパス】があれば、俺は最奥まで行って、問題を解決できると思う」

「やれやれ……五分五分と言うわりには、やけに計画的ではないか」


 呆れた様子で小さな溜息をついて目を伏せるマストマ。


「ユーク。お前のその案、我は推したいと思う。可能性という意味であれば、お前の案は一番確率が高いだろう。故に、【探索者の羅針盤シカードコンパス】を貸すこともやぶさかではない」


 そこまで言ってから黙ったマストマが、俺をじっと見つめる。


「だが、まずはお前の仲間たちにそれを相談せよ」

「……ッ」


 痛いところを突かれて、思わず息をのんだ。

 そんな俺に軽く口角を上げたマストマが、まっすぐと俺を見つめて口を開く。


「ユークよ。我は冒険者ではないが故に、お前の知恵をいつも借りることが多い。が、妻帯者として、家長として、上に立つ者としての知恵と経験はお前よりはあるつもりだ」

「だろうな。俺はガラではないし、まだまだだ」

「自嘲もよいが、自覚せよ。自分自身の事を」

「俺自身の事?」


 意外な言葉に、軽く混乱する。


「いかな人生を歩めば、そのように度が過ぎた謙遜をするのかと不思議なのだがな……お前には多くの者を惹きつける素質がある。その期待を担保するだけの運と実力もな」

「そんな、俺は──……」

「まあ、聞け。この点において、お前の自覚がどうかというのは問題ではない。事実としてお前は実績を伴ったAランク冒険者であり、世界淘汰を退けた〝勇者〟であるのだ」


 そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。

 確かにAランク冒険者はなりたいと思える者全てがなれるものでもないし、折り重なった偶然の結果とはいえ、〝勇者〟としての責務を一度は果たした。

 しかし、だからといってそれを実力だと誇れるほどの慢心は心に無い。


「全部が全部、ぎりぎりだった。できることを必死になってやって、それが結果としてうまくいったに過ぎないさ」

「それを支えたのは、誰だ?」

「……『クローバー』のみんなだ」

「で、あろう?」


 マストマの言葉に、俺は頷く。


「ならば、お前は一人で決めるべきではない。一人でゆくにしても、仲間たちを説き伏せて行かねば道理にもとるであろうさ」

「そう、だな。少し気が逸りすぎたみたいだ」


 悪い癖だとは自覚している。


「ユークよ、〝勇者〟にして〝赤魔道士ウォーロック〟よ。命をかけるというならば、お前の命に寄り添う者をないがしろにしてはならん。お前が使命に命をかける覚悟がある様に、お前の傍にいることに命をかける者もまたある。……そこな、幼な妻のようにな」


 マストマの視線が俺の肩を通り過ぎる。

 その仕草に振り返ると、部屋の入り口にレインが静かにたたずんでいた。


「レイン? いつからそこに?」

「ちょっと、前から」


 身近な返事を返すレインの顔は、どこか怒っているようにも見える。

 いや、話を聞いていれば怒っても当然か。


「殿下、ありがと」

「なに、少しばかりおせっかいが過ぎたようだ」

「ううん。ユークには男友達が少ない、から」


 なかなかぐさりとくる言葉だが、こう踏み込んだ話ができる同性の友人が他にいないのも確かだ。

 マストマがいなければ、俺はまた一人で暴走するところだっただろう。


「ユーク、帰ったらお説教、だからね」

「……はい」


 頬を膨らませるレインに、俺は苦笑を返して返事をする。


「お前をよく理解する、よき女が妻にいる。よく話し合うことだ」

「ああ、そうさせてもらうよ。ありがとう、マストマ」

「友よ。お前の死を我も望まぬ。さりとて、男には命の賭け時もあろう。行くのならば我もまた、覚悟を決める」

「……ああ」


 マストマに笑って見せて、俺は立ち上がる。

 そして、レインを抱き上げて部屋を出た。


「ごめん、レイン」

「うん」


 自分の死と別れがそばにあることに急に怖気づいて、彼女に触れたくなった。

 レインが俺の頭をそっと抱いて、頬を寄せる。


「ボクは、一緒。だから、怖がらないで」


 レインの言葉に涙が溢れそうになるのをこらえて、俺はフェルディオ邸への道を早足で進んだ。

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