第16話 足を引っ張る欲望と向こう見ずな思いつき

 マストマの判断の早さが功を奏したか、ウェルメリア王に先見の明があったのか。

 いずれにせよ、ありがたいことに普通は国同士の鈍重なお役所仕事になりえる事項が次々と決定され、実行に移された。

 サルムタリアにしても、大暴走スタンピードの脅威は承知している様子で、ウェルメリアからの緊急増援に関してはつつがなく受け入れがなされることになった。


「後は時間稼ぎだな」


 会議室で地図を睨めつけていたベンウッドが、小さく呟く。

 規模も速度も強さも不明な大暴走スタンピードに対して、現場の俺達ができることは〝溢れ出しオーバーフロウ〟した魔物を『間引き』することくらいである。

 それにしたって、リソースが足りないが。


「儂も出る。ジェミー、冒険装束は持ってきているな?」

「う、うん。一応荷物には入ってるけど……」

「よし、儂の権限で冒険者復帰を認める。防衛戦闘に加われ」

「え……?」


 ジェミーが驚いた顔をする。

 俺も驚いた、というか……なかなか無茶をすると苦笑してしまう。

 ベンウッドはギルドマスターではあるが、裁決の下りた懲罰をどうこうできる権利を持っているわけではない。

 それは国の決めることで、ギルドマスターの仕事はそれを守らせることだ。


 完全な越権行為かつ独断専行だが、あの男は現場と現状をよく理解している。

 戦える冒険者戦力をここで腐らせておくなんて、文字通りお役所仕事もいい所だ。


「ユーク。ジェミーを返すぞ」

「俺のモノじゃあないさ。でも、ジェミー……俺達と一緒に来てくれるか?」


 差し出した俺の手に、おずおずとジェミーが手を伸ばして触れる直前で止める。


「ねえ、アタシ……ホントにいいの? あいつらと一緒になってあんたを笑ってたのよ?」

「そうだっけ? そんな古い話はもう忘れたよ」


 俺の軽口に、ジェミーがぎゅっと口を引き結んで肩を震わせる。

 彼女の後悔も、懺悔も、謝罪ももう飽きるほどに聞いてきた。

 もう、あの作ったような笑い声が俺の脳裏にこだますることはない。


「……おねがい、します」

「ああ。、ジェミー」


 ジェミーの手を握って、笑う。

 握り返された手からは、なんだか信頼が感じられるような気がした。


「いちゃこらしやがって。他の嫁に刺されても知らねーぞ」

「そういうんじゃないだろ。それより、どれくらい保たせればいいんだ?」


 〝大暴走スタンピード〟戦に参加した経験は俺にもない。

 だが、目の前にいる迷宮伯、『暴虐拳』ベンウッドは違う。

 少なくとも三つの〝大暴走スタンピード〟に遭遇し、そのすべてを生き抜いている強者だ。

 俺達のもたらした情報からでも、ある程度の作戦を立てるはず。


「我が王が冒険者派遣の為に【魔導飛空帆船フォルネイア】を出してくれる。それでも各地から上位ランカーを集めてこちらに到着するまで最低二週間はかかるだろうな。本格的な防衛迎撃準備が整うまでに三週間は見たほうがいいだろう」

「この人数と戦力で、三週間……いけるか? ベンウッド」

「無理だ」


 ベンウッドの奴め、気を持たせておいてこれだものな。

 とはいえ、これも予測された答えの一つではある。


「サルムタリア側の戦力がどのタイミングで、どれだけ使い物になるかによる。それについてはどうです? マストマ殿下」

「一般兵と騎士、それに魔物討伐を生業とする家の者に要請がいっているはずだが、どうにも動きが鈍い。どうも兄が邪魔を仕掛けているようだ」


 こんな状況になってもまだ足を引っ張るとは、どうにもマストマの兄王子というのは思考と欲望のバランスが取れていないらしい。

 ここでヘタを打てば国ごと失いかねないというのに。


「兄のことよ……これで我々が失敗すれば、それを貴国の責任にして賠償を請求せしめようとでも思っているのだろう。あの男は少々、考えが足りないところがある故な」

「となれば、限られた人員で何とかするしかねぇな」


 ここで希望的観測を挟まないのが、熟練の冒険者というものだ。

 事実を事実として受け止め、ある者で対策するしかない。


「物資は止められてないよな?」

「うむ。先だって頼まれたものは搬入されている」

「追加をリストアップする。ボードマン子爵、力を貸してください」


 地図を相手にブツブツと独り言を漏らすボードマン子爵に、声をかける。

 あの様子だと、考えは俺と同じだろう。


「ほう、何か策があるようだな? 〝赤魔道士ウォーロック〟?」

「ここからは〝錬金術師アルケミスト〟の領分だよ。そうでしょう? ボードマン子爵」

「ですな。進行ルート上に錬金術で作った罠を仕掛けましょう。幸い、サルムタリアは魔法道具アーティファクトの知恵豊かな場所です。マストマ殿下、『ラ=ジョ』に在する『錬金術師』をかき集めてください」


 やはり、意見は一致した。

 正面衝突すれば、戦力と物量に押し切られるのは目に見えている。

 ならば、こちらは知恵と小細工でこれに立ち向かうしか手はない。


 そして、幸いにしてそれを得意とする人間は俺も含めてここにそれなりに揃っている。


「あとは……」


 そう口にしてから、それに実現性の薄さとリスクを考えて沈黙する。

 軽々に口に出すわけにはいかない。


「ユーク、言いたいことがあるなら言え。できるかどうかは儂ら全員で判断すりゃいい」


 ……やはり、ベンウッドにごまかしはできないか。


「速攻だよ。ベンウッドと魔法道具アーティファクトで〝溢れ出しオーバーフロウ〟を間引いてもらって、俺達『クローバー』で迷宮の攻略制圧を行う……感じの」


 口に出しておいてなんだが、こんな荒唐無稽な話もそうはない。

 〝大暴走スタンピード〟の多いウェルメリア王国において、こういった作戦もあったにはあったし、成功例もそれなりに報告されている。


 しかし、それはある程度攻略がすすんでいたり、内部解析が終わっている迷宮の場合だ。

 内部情報が一切ない古代の迷宮である『王廟』に初見で敢行する作戦ではない。

 それは自殺行為というものだ。


 だが、俺の自嘲をよそにベンウッドが「ふむ」と少し考える。

 これは嫌な予感がする。


「……悪くねぇな」

「いや、ダメだろ」

「ダメじゃねぇ。現実的な案だと思うぜ?」


 そんな非現実な現実があってたまるか。

 俺とベンウッドの様子に、マストマすらも困惑顔だ。


「まともにぶつかりゃ、こっちが崩れんのは間違いねぇ。魔法道具アーティファクトで時間稼ぎたって、もう〝大暴走スタンピード〟寸前ってなら三週間は持たねぇよ。なら、一点突破の原因排除が一番現実的だ」


 ベンウッドの目はどこかぎらついていて、冒険者特有の『賭け』に出る時の顔をしている。


「仲間を危険に晒せない」

「ま、お前ならそういうだろうが……検討はしてみろよ。これで儂は、お前らを高く買ってるんだぜ?」


 にやりと笑うベンウッドが意見を曲げることはなさそうだと、と観念した俺は「わかったよ」とどこか子供じみた返事をするしかなかった。

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