第17話 仲間たちの励ましと、同期の甘やかし

「わたくし達も、それを考えていました」


 会議から『フェルディオ屋敷』に帰って十数分。

 事情を話した俺にそう返したのは、資料を机に広げるシルクだった。


「現状で有効な手段が少なすぎます。それならば、防戦よりも攻勢に出たほうが、いいかもしれません」

「客観的に見ればそうだろうけどさ、行くのは俺達なんだぞ?」

「そうなるでしょうが……その、ルンが気になることを言っていて」


 小さく視線をニーベルンに誘導させるシルク。

 その先には、ちょこんと椅子に座ったニーベルンが静かに座っていた。


「ルンが? なにかあったのか?」

「お兄ちゃん。ルンの話を、信じてくれる?」


 おずおずといった様子で、俺に問いかけるニーベルン。

 いつもよりも緊張した様子に、俺も少しばかり緊張する。


「もちろん。なにかあったのか?」

「このそばにある迷宮の気配がね、変なの」

「変?」

「うん。どういっていいのかわからないんだけど、ええと……重なりがめくれてるというか、玉葱の皮をむくみたいにちょっとずつ実体が増してる」


 独特な表現だ。

 ただ、ニーベルンは異界に在った『黄昏の巫女』でもある。

 迷宮や異界の気配に関して、彼女は独特な察知能力が備わっているのかもしれない。


「それはいいこと? 悪いこと?」

「きっと悪いことが起こると思う」


 俺の質問に、ニーベルンがそう答える。


「ボクが思うに、封印が、ほどけてるんじゃないかと、思う」


 すでに話を聞いてアタリをつけていたらしいレインが、説明を挟む。


「今まで見つからなかった、ってこと自体が少しおかしい、もの。きっと、何重にも封印と、隠匿を仕掛けて、隠してたんだと、思う」

「なるほどな」


 なら、何故今更になって発見された?

 経年劣化か?


 ……いいや、きっかけはおそらく『グラッド・シィ=イム』だ。


 あれが次元間移動した影響によって、少なからずこの世界のバランスは崩れた。

 攻略および崩壊に伴って、それはすんでのところで被害を抑えられたが……『無色の闇』を刺激した結果起きた各地迷宮の活性化は未だに続いている場所がある。


 その一か所が『王廟』であり、そして隠され手入れの入らないこの迷宮はひっそりと内部で圧力を高めていったに違いない。


「みんなの意見が聞きたい。……って、ネネは?」

「周辺の状況確認と配信中継用魔法道具アーティファクトの設置に出向いています」

「一人で? 大丈夫なのか?」


 あの娘はまた無茶をしていないだろうか、と心配になる。

 まあ、俺達がいない分だけ身軽に動けるだろうとは思うが。


 だが、重要性も理解できる。

 魔石などを利用して定点設置型の配信用魔法道具アーティファクトを使うことができれば、〝大暴走スタンピード〟の兆候に併せて行動が可能だ。

 そして、それを利用しようと思えば今、急ぐしかない。


「マリナはどう思う?」

「あたしはいつも通り。ユークについていくよ」


 そうでなくて、自分の考えを持ってほしいのだが。

 それが顔に出てしまったのか、マリナがきゅっと眉を吊り上げる。


「む、あたしのことをちょっとおバカって思ったでしょ!? 違うもん。あたしは、ユークを信頼してる。だから、さ……ええと、ほら」

「マリナはユークさんと最後まで一緒に居たいと言いたいんですよ。もう、変なところで乙女なんですから。でも、それはわたくし達も同じです」


 彼女たちの瞳に宿るのは、覚悟。

 どうやら、侮ってかかっていたのは俺の方だったようだ。

 相変わらず、俺という奴は少しばかり独りよがりが過ぎる。


「だいたいアンタさ、逃げる気さらさらないでしょ?」


 少しの沈黙を破る様に扉から現れたのはジェミーだ。

 その姿は、『サンダーパイク』時代とは違った冒険者装束に身を包んでいて、少し大人っぽいそれは彼女の成長を表わしているようだった。


「どう?」

「よく似合うよ。なんていうか、ジェミーっぽい」

「なによ、それ」


 小さく噴き出すジェミーと、やり取りを聞いて頬を膨らませるレイン。

 『アーシーズ』での一件をまだ根に持たれているようだ。


「防衛戦にはギルドマスターとアタシが残る。少し待てば、Aランクのパーティも複数来てくれるそうよ」

「え、ジェミーさん一緒に来ないの!?」


 俺より先に声をあげたのはマリナだ。


「ついていきたいのは、やまやまだけどさ。アタシじゃちょっと実力不足だし、それに連携が取れない。足を引っ張るくらいならアンタたちの背中と帰る場所を守るわよ。その、アタシだって『クローバー』のメンバー、なんだし?」


 少し照れた様子のジェミーに、俺はほっとする。

 彼女なりに、『クローバー』を受け入れてくれたようだ、と。


「だから、ユーク。アンタはリーダーとしての判断をしなさいよ。アンタ自身はどうしたいの?」

「俺は──」


 ここに来て、迷いがあることに気が付く。

 いや違うな。これは……恐れだ。俺は怯懦に飲まれそうになっている。

 以前、『無色の闇』に挑むべきか否かを迷ったあの日と同じ。


「ユーク。ボクは、ユークがどんな判断をしても、いい」


 いつの間にか震えていたらしい俺の手を取って、レインが笑う。


「最後までユークについていく、よ。ユークは?」

「俺だって同じだ」


 そう答える俺の背後に、柔らかな感触。


「みんなで行けば大丈夫だよ! だってユークは〝勇者〟だし?」


 マリナに抱擁されながら、俺は苦笑する。

 〝勇者〟なんてただの肩書に過ぎないというのに、彼女が言うとなんだかその気にさせられる。


「では、決まりですね。では、必要物品を洗い出します。それとネネが帰ってきたらスケジュールをたてますので、後で手伝ってください」

「ボクは、市に出てくる。マリナ、手伝って」

「うん」


 それぞれが立ち上がり、部屋を出ていく。

 決まったら即行動。我がパーティのメンバーは動きが早い。

 今だ悩みを吹っ切れない俺は、残って小さくため息を吐く。


 そんな俺を、再び背後から抱くジェミー。

 こんな風に触れてくる彼女は初めてで、些か緊張してしまう。


「ジェミー?」

「頼られてるわね?」

「そう、だな。Aランクパーティの雑用サポーターが、今や〝勇者〟でパーティリーダーだ。少しばかり荷が重い」


 少しぎゅっと力を込めて、ジェミーが囁く。


「もうちょっと肩の力抜きなよ。あの娘たちに聞かせられない愚痴なら、アタシが付き合うわよ」

「……助かる。差し当たってはもうしばらくこのままでいてもらっていいだろうか」

「もう。いいわよ。ほら、愚痴っちゃいなさい」


 そう促されるまま、俺はかつて反目していた仲間に情けない愚痴をしばしこぼしたのだった。

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