第15話 夜を行くシロツメクサと王
闇に沈む『死の谷』を駆ける。
〝溢れ出し〟を起こし、周辺が半ば迷宮の影響を受けているような場所での強行軍が、どれほど危険なのかはわかっているつもりだ。
しかし、いまここで俺達が動かなければ手遅れになる可能性がある。
「右前方、トカゲ二体っす」
夜目の効くネネの指示に従って、〈
夜に蠢く魔物は相当な数だが、これの相手をしている暇はない。
〝
「……ユークさん」
「シルク、どうした?」
「夜になってわかったのですが、やはり『死の谷』は迷宮化の影響を受けているようです」
シルクは以前、迷宮の内外で精霊の気配に違いがあると言っていた。
つまりは、だ。『死の谷』は今現在、まさにコントロール不可となってその気配を『俺達の世界』へと垂れ流しているということだ。
それはもしかすると、〝
いずれにせよ、相手は何百年も前に封印処理された迷宮だ。
とにもかくにも、まずはこの状況をマストマに報告し、対策を練らねばならない。
さもなければ『ラ=ジョ』が、いや、下手をすればサルムタリア全土に影響を及ぼすかもしれない。
なにせ、サルムタリアで存在が確認されている迷宮はここだけなのだから。
「ネネ、こっち、へ」
「レインさん? そっちはガケっすよ?」
「行きは、のぼりだったけど、帰りは飛び降りれば、いい」
駆け足は止めずに、レインが小さく魔法詠唱を始める。
いくら低位の魔法とはいえ、まさか停止しないで詠唱するなんて……!
レインの才能には毎回驚かされる。
「──〈
レインの魔法が発動すると同時に崖に到達した俺達は、そのままの勢いで体を放り出す。
ここで、彼女を信用しない人間などいない。
水の中に潜るような独特な抵抗感があり、俺達はゆっくりとした速度で崖を落下する。
確かにこれなら、入り組んだ迷路のような岩窟の中を走って降りるよりはずっと早い。
「ナイスだ、レイン!」
「ん。まだ何か所か、魔法でショートカットできる場所が、ある。まかせて」
なるほど、魔術師独自の視点でここまでの道行きを見ていたのか。
さすがは、レインだ。
地面に着地と同時に、再び走り出す俺達。落下中に唱えておいた〈
加えて、〈
「ユーク、魔法こんなに使って大丈夫なの?」
「なに、久しぶりとはいえ前はよくあることだった。〈
マリナに少し心配されてしまったが、ほんの一年ほど前、『サンダーパイク』にいた頃は、いつものことだった。
あの頃のことは、今でもどこか苦い経験として記憶にあるが、それでも今こうしてみんなの役に立てることができているのだから、何もかも無駄でなかったと思える。
「さぁ、後少しだ。いくぞ!」
◇
俺達が『ラ=ジョ』に到着したのは、まだ夜も明けきらぬ頃だった。
レインの考案したショートカットを使うことで、かなり時間を前倒しできたのは大きい。
不敬とは思ったが、すぐさま事情を説明してマストマを起こしに行ってもらい、俺達は俺達でまだ作業中のギルドから主だった上役に声をかけて回った。
ベンウッドは就寝中なうえ、揺すっても起きなかったので〈
そして、マストマ邸にある会議室。
ここに一堂に会することとなった。
この間、俺達が『ラ=ジョ』に帰還してからわずか一時間。
みんなフットワークが軽くて助かる。
「……以上が、俺達からの報告となります」
「厄介なことになったものよな」
目を細めながら、地図を確認するマストマ。
「ネネさんが撮ってきてくださった映像も確認しました。やはり、これは〝
ボードマン子爵が、【タブレット】を机の上に置いて、頷く。
「ウェルメリアのお歴々。貴国ではこういった事態の場合、どのように対処する」
「まずこの規模なら、複数の冒険者パーティに〝
「同時に国軍及び騎士団の派遣を検討しますね」
ベンウッドとボードマン子爵の言葉に、マストマが小さく顔を曇らせる。
そのどちらも、ここにはない。
これまで迷宮の存在しない国とされてきたサルムタリアに専業の冒険者はいない。
加えて、『王廟』の事は、サルムタリア王族の中でもマストマだけが知っている秘密だ。
迷宮からの〝
──だが。
「よし。父王には我から鳥を飛ばす。メジャルナ、筆を持て」
「はい。あなた様」
マストマの背後に控えていたメジャルナさんが、会議室から消える。
「いいのか?」
「良い。国と民草を守らぬ王など泥塊に劣る。それにお前の顔色を見ればわかる。……これは大事なのであろう?」
マストマ王子の信頼に、少し驚く。
「ベンウッド殿、国を越えての冒険者の派遣は可能か?」
「あんたの許しと金があればな。だが、冒険者たって中身は武装した人間だからな、人数が増えると国をまたぐのがちょいとばかり問題になる」
「それも我から父王に許可を取り付ける故、要請をたのめるか? 責任は我がとる」
決断が早い。そして、素直だ。
リーダーとはかくあるべきともいえる姿に、俺は少しばかり胸が熱くなるのを感じた。
『ラ=ジョ』にこれだけの人が集まる理由がわかる。
マストマの人となりを知れば、彼こそ王に相応しいと多くの人が思うだろう。
「すまぬが、力を貸してくれ」
マストマが頭を下げる。
それに俺達はぎょっとして固まることとなった。
サルムタリア王族は「王血であるが故に」と頭を絶対に下げないことで有名である。
「マストマ……?」
「我は未だ王ならず、できることもそうない。だが、下頭一つで民と国を救えるのであれば、我が『王血』の濁りなど気にはせぬ」
それは民草の為に王であることを捨ててもよいという、まさしく王らしい言葉であった。
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