第14話 配信不可と危険な気配

 結果から言うと、マリナの冒険飯配信はできなかった。

 これはこれで正しいデータが取れたのでよしと考えたいところだが、同時に課題でもある。

 この位置での配信ができないということは、『死の谷』ひいては『王廟』の発見配信が現状できないということだからだ。


 偶然に『王廟』を見つける……というセンセーショナルさが必要なので、この野営地点を起点に配信設備を整えたほうがいいかもしれない。


「残念……」

「何、録画はしてあるんだ。帰ってから配信すればいい」

「そうだけどさー。ずーっと配信があったから、それができないなんて、ちょっと不思議な感じ」


 焚火であぶられた肉にかぶりつきながらマリナがぼやく。

 まあ、気持ちはわからないでもない。


「ユークさん。休息の前に明日の予定を確認しておきましょう」

「ああ。そうしよう」


 返事をして、地図に目を落とす。

 ここまでの経路と、先行警戒を行ったネネの話から簡易の地図をすでに作ってある。

 そして、『王廟』の予測地点は現在地からそう遠くない場所だ。

 マストマ王子が発見した文献から割り出した大まかな位置しかわかっていないが、この調子なら明日には発見できる。


 状況が許せば、軽く内部調査もしてしまいたい。

 〝溢れ出しオーバーフロウ〟が起きているなら、その規模と魔物モンスターの危険度は、確認しておかねば。

 リスクはあるが、情報を持ち帰れるのは俺達だけだ。


「まずは『王廟』の場所確認。次点で周辺の状況確認、可能なら内部のロケーションチェックも行いたいな」

「帰還行程はどういたしましょう」

「もし、調査に時間がかかるなら再度この場所で野営して戻ろう。慣れない土地で無理はしたくないからな」


 俺の返答に各々頷く。


「……!」

「っ……?」


 俺の言葉が終わった瞬間、レインとシルクが緊張した様子で周囲を見回す。

 一瞬遅れて、ネネとマリナが武器を構えた。


「ユーク、これ……!」

「わかってる」


 緊張した様子で黒刀の柄を握るマリナに頷きながら、俺も強化魔法を準備する。

 あの瞬間、周辺の空気が変わった。

 魔法で警戒していたレインと、精霊の変容を感じたシルクがいち早く察知したが、ほぼ同時に俺も状況の変化を理解していた。


 頬が、疼くように痛む。


「ヘンっす。こんなの、感じたことがないっすよ」

「落ち着け、ネネ。君が頼りだ。周辺のチェックを頼めるか?」

「任されたっす」

「無理はしないでくれよ。状況がわかればいい」


 俺の言葉に黙ってうなずいたネネが、【隠形の外套ヒドゥンマント】を羽織ってするりと走り去る。

 ブーツに仕込んだ【音消しの油】も使ったようだ。まるで実体のない影のように消えたネネを確認して、俺はいくつかの強化魔法を仲間たちに付与していく。


「先生、こわい……です……」

「大丈夫だ、シルク。何かあっても俺が何とかする」


 そう答えながら、俺も自身の奥から湧き上がる恐怖を理性で押し込める。

 他のみんなも同じだろう。

 ネネのもたらす情報がいかなるものかわからないが、何が原因かはおよそ見当がつく。


 この感覚は、迷宮から溢れ出た気配によるものだ。


 『王廟』まではまだ距離があるはずなのに。

 こんな場所にまで、気配が届くなんて。

 いつどこから、何が飛び出してくるかわかったもんじゃない。


「ユークさん、もどったっす!」

「状況を!」

「東方面に魔物モンスターの一団がいるっす」

「数は?」

「およそ二十ってところっすね」


 そう大きな群れではない。

 だが、もう一つ聞くべきことがある。


「種類はどうだ?」

「──……混成っす」

「……ッ」


 ……まずいな。

 どう考えてもまずい。


 迷宮破綻には段階がある。


 まずは〝階層超えフロアブレイク〟。

 普通、上層部にはいないような魔物モンスターが下層から昇ってくる現象。

 攻略の密な迷宮なら配信などで状況と被害がすぐに周知されて、対処されることが多い。


 次に〝溢れ出しオーバーフロウ〟。

 〝階層超えフロアブレイク〟によって階層を荒らされた魔物モンスターや、〝階層超えフロアブレイク〟した魔物モンスターが直接迷宮外部に出てくる。

 この段階ではまだ迷宮のルールに縛られている。

 例えば、鰐頭狼ダイルウルフ鰐頭狼ダイルウルフの群れとして現れるし、牛頭鬼ミノタウロスは単体、もしくはつがいでしかうろつかない。


 そして、〝大暴走スタンピード〟。

 迷宮の魔物が大挙して溢れ出し、周辺を無差別に蹂躙する状況だ。

 この現象の場合、魔物モンスター達は、種族に関係なく群れになる。

 いわば〝大暴走スタンピード〟という一つの魔物モンスターとなるのだ。


 今回、ネネからもたらされた報告は、〝溢れ出しオーバーフロウ〟以上〝大暴走スタンピード〟未満といったところか。

 それでも、迷宮のルールから外れているので一刻の油断もならないのだが。


「シルク、相談させてくれ」

「はい、何でしょう?」

「帰路の夜間踏破は可能と思うか?」


 俺の言葉に、少し黙ってシルクが頷く。


「はい。リスクはありますが、戻るだけなら可能だと思います」

「そうか、よし。みんな、聞いたな? 強行軍になるが、ここから『ラ=ジョ』まで一気に戻るぞ」

「了解っす。先導は任せてくださいっす」


 戻ってきたばかりのネネが、再び先頭に立つ。

 休ませてやりたいが、ここは頑張ってもらおう。

 とにかくスピード勝負だ。


「シルク、ビブリオンに頼んで奇襲の警戒を。レイン、感知魔法を頼む。夜間の魔物モンスターに関してはまだ未調査だ。遭遇すればぶっつけ本番になる」

「わかりました」

「ん、了解」

「それじゃあ、行こう。マリナ、しんがりを頼む」

「まっかせて!」


 指示を出し終えた俺自身も、腰の魔法の巻物スクロールや使うべき付与魔法を確認して前を向く。


「よし、それじゃあ行こう。体力はこっちで回復させる。全力で走るぞ!」

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