第52話 王子の計画と知らぬが仏
レインの言葉に、マストマ王子が小さく詰まる。
ここにきて、マストマ王子の行動や言動に何かしらの差し迫った理由があるのだろう……ということに気が付いた。
「ふむ。主人が賢しいと、妻も賢しくなるか」
妻ではない。
が、いまここでそれを言ったところで藪蛇にしかならないので黙っておく。
その沈黙の中、少し考え込んだ様子のマストマ王子が、口を開いた。
「我はな、迷宮攻略をしようと思っておる」
「迷宮攻略、ですか?」
「うむ。サルムタリアの継承争いはここのところ激化していてな……我が王座に就くには、人民の首長たりえるわかりやすい実績を、目に見える形で示さねばならんのよ」
サルムタリア王国には王位継承順位というものが無い。
いや、正確にはあるのだが、それは日々変動する類いのものなのだ。
全ての継承権保持者が功績を争い、最も優れた功績を挙げたものが次の王となる。
その中には現王も含まれており、治世を誤れば息子に追い落とされることもあるという。
とはいえ、そんな事は歴史上にそう何度もあることではなく、基本的には王子たちの次期王座争いという形となることがほとんどなのだが。
「サルムタリアに
「安定した土地柄であると、聞いています」
言葉選びには気をつけなくてはならない。
「対外的にはないことになっている。だがな……あれはウソだ」
「は、い?」
不敬ながら、突然のことに思わず聞き返す。
「だから、嘘なのだ。サルムタリアにも
「……!」
これは非常にまずい。
一国の王族が知らず、さらに秘している情報……しかも、かなり重要度の高そうなものをどうして俺は軽々に耳に入れてしまったのか。
これを聞いてしまっては、後に引くに引けない。
「それを攻略し、迷宮資源を我の功とするのが計画なのよ」
一拍おいて、マストマ王子が眉根を寄せる。
「だがな、わが国には生粋の冒険者がおらぬ」
サルムタリアには『冒険者』という職業の者がいない。
似た仕事を担う者達はいるが、彼等は一族の家業としてそれを生業にしているに過ぎない。
荒野で魔物を狩る一族。
魔物から街を守る一族。
薬草の採取をする一族。
俺たちと同じような仕事をする彼らは、一見、冒険者のように見えかもしれない。
しかし、冒険者ではないのだ。
代々、定められた仕事を一族でこなすことで国を守ってきたのが、サルムタリアという国なのである。
「ウェルメリアに来て迷宮探索をする一族もいるがな、やはり練度は足りぬ。それに、信用に足るとは言えんのでな」
「……。それで、レインを……」
マストマ王子の計画が少し見えてきた。
なるほど、彼の考えは実に王族然としていて、容認はできないが理解はできた。
かくいう俺自身が、ウェルメリア王の『人材資産』なのである。
つまり、マストマ王子は人材としての『クローバー』を欲した。
レインをはじめとする『クローバー』のメンバーはウェルメリアではそれなりに有名になってきている。
最難関迷宮である『無色の闇』へ潜り、新迷宮『グラッド・シィ=イム』をも攻略した『クローバー』の女性メンバー。
彼女らを自らの資産として入手し、運用するつもりだったのだろう。
その中に俺が入っていないのは、俺が男だからという実にサルムタリアらしい理由だ。
かの国では男は、資産になりえない。
特に、俺は『クローバー』のリーダーであり、マストマ王子にとって彼女たちの所有者という認識がされている。
資産融通の為の交渉相手ではあっても、資産そのものではないのだ。
「迷宮は長らく管理されず、ただ秘されていた。理由はわからんが、我らサルムタリア王族の血脈に関した何かがある、と我は睨んでいる。……そう、例えば『真なる王錫』のような、な」
「『真なる王錫』?」
「我が国の王位継承は功績によってなる。だが、十数代前の時代には『真なる王錫』の譲渡によってこれが行われていたと記載がある。迷宮が秘されたのも同じ時期……なんぞあると我が睨んでもおかしくなかろう?」
うっかり聞くんじゃなかった。
世の中、知らなくていいこともある。
……これがそれだ。
マストマ王子が、『クローバー』のメンバーを手に入れてまで秘密裏に行いたかった迷宮探索。
王位継承戦のためのプランの一つ。
そんなものを耳に入れてしまえば、ただでは済むものではない。
これはどうやら、しくじった。
レインの頼みではあるとはいえ、向こうのペースに呑まれてしまったか。
「そう警戒するな。これも詫びのうちだ。理由もわからずレイニースをよこせと言われたのでは、お前も納得できまい」
「確かに、そうですが……」
さて、これをどうしたものか。
そう思案する俺の腕の中にいるレインが、口を開いた。
「殿下。どうして、ボク達、なの?」
「ふむ? ウェルメリアでも優秀な冒険者だと聞いた。それに、ブランの奴が融通できる資産だと抜かしたのでな」
「そこじゃ、ない。ボクたちを、手に入れたところで……信用できるわけじゃ、ない。どうして?」
「お前たちはそこの
マストマ王子の言葉に、レインが小さく首を振る。
「それは、ボクらがユークを好き、だから、だよ?」
「……」
レインの返答に、マストマ王子が俺を案内してくれた女性をちらりと見る。
それに困ったように小さく笑う女性。
「あなた様、ウェルメリアの女はそういうものです。彼女たちは一人一人、
「メジャルナ、何故それを早く言わん」
「何度も説明いたしましたとも。あなた様がお聞き流しになるからです。国の改革を……というなら、もっと妻の話をお聞きくださいましな」
メジャルナと呼ばれた女性の言葉に、マストマ王子が小さく唸る。
まさか、サルムタリアの男が……しかも、王族が妻の尻に敷かれているなど想像もつかず、思わず噴き出してしまいそうになった。
「フン、
憮然とした王子のその視線は、俺に今も抱かれたままのレインに向けられていた。
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