第53話 仕事中毒と強制休息
「どうする、の?」
「ううむ。どうするかなぁ……」
ドゥナの大通りをレインと二人並んで歩きながら唸る。
マストマ王子は、あの後あっさりと俺達を解放した。
もしかすると、監視の類はついているかもしれないが、あそこまでの情報を開示しておきながら、こうも簡単に外に出すとは……気味が悪いくらいだ。
「とりあえずは、帰ろう。みんな心配している」
「ごめん、ね」
「いいさ。俺こそすまなかったな。まさか二週間もたってるとは想定外だった」
「うん。だから、【
レインの言葉がいまいち繋がらなくて、首をかしげる。
「【
「生存確認にはぴったりってことか」
「違う」
レインが俺の脇腹に肘を入れて、頬を膨らませる。
言葉選びを誤ったようだ。
「ユークが生きてるのは、わかってた。でも、もしかしたら、出口が、わからないんじゃないかって、思ったの。だから、こっちで……観測可能な、定点を作った、の」
「作った?」
「うん。【
あの『無色の闇』の中で見た光……あれが?
つまり、レインが帰り道を示してくれたのか。
ああ、これでは無茶を叱るに叱れないな。
命を救われておいて、その方法にどうこう言うなんて無様な真似はできない。
「助かったよ、レイン」
「ううん。ボクは、ユークを信じてた。それに、マストマ王子が、ボクの賭けに乗ってくれた、から。あの人は、他のサルムタリア人とは、少し違う」
「そうだな」
あの王子はサルムタリアの中にありながら、どこか異質である。
その異質さは、俺達にとって好ましいものではあるが、サルムタリアの人間にとっては忌避すべきもののように映るかもしれない。
「だから……」
「わかっている。案はあるんだ」
「ん」
返事と一緒に、レインが俺の手を握る。
その手のぬくもりを感じながら、俺は次なる厄介ごとをどう仲間たちに説明したものかと考えながら道を行く。
……そして、そうこうするうちに、『歌う小鹿』亭の前に到着してしまった。
「ん?」
『歌う小鹿』亭の前に、馬車が止まっている。
冒険者ギルドのマークが入っており、耳を澄ませると宿の中からは何やら話す声が聞こえた。
「もどったよ」
一声かけながら『歌う小鹿』亭に足を踏み入れると、見知った顔が並んでいた。
「ユークさん! レイン!」
最初に駆け寄ってきたのは、シルクだ。
嬉しそうな顔で、隣にいるレインを抱き寄せる。
その背後から、マリナも顔をのぞかせて笑顔を見せた。
「おかえり、二人とも!」
「ただいま」
「ただ、いま。心配かけて、ごめん」
レインの謝罪に、マリナが首を振る。
「無事ならそれでいいよ!」
「ん。ありがと」
そんなやり取りの後ろで、俺は別な客人──ベディボア侯爵とマニエラに向き直る。
「ただいま戻りました」
そう頭を下げようとした俺の額に、脳天まで揺らすようなマニエラの
「心配させんじゃないよ」
「す、すみません……」
痛みに目を回しながら、頭を下げ直す。
「無事で何よりだ。早速、事情聴取といきたいところだが、まずは休みたまえ。迷宮攻略、ご苦労だった──〝勇者〟ユーク・フェルディオ君」
「その重たい看板も、もうじきお返しします。『淘汰』は……『グラッド・シィ=イム』は、完全に消滅しました」
俺の報告に、ベディボア侯爵が深くうなずく。
「報酬と今後のことについては、後日に報告と併せて話す機会を設けることにしよう」
「わかりました。早々に『
俺の言葉に、ベディボア侯爵とマニエラが顔を見あわせて、大きなため息を吐き出す。
「『クローバー』諸君。君達のリーダーは少しばかり
「何かあったらギルドに知らせな。それまではこのバカに余計なことさせんじゃないよ」
「お任せください」
上役二人の言葉に、いつの間にか隣に並んだシルクが深々と頭を下げる。
「それでは失礼する。報告会議の日程については追って知らせるよ」
ベディボア侯爵とマニエラが馬車に乗り込み、去っていくのを見送って仲間たちを振り返る。
「改めて、ただいま。心配をかけてすまなかった」
「いいんですよ、ユークさん」
「ちゃんと帰って来てくれたしね!」
「おかえり、ユーク」
三人娘が、にこりと笑う。
パーティに入ったあの日を思い出してしまいそうだ。
そういえば、ネネはどうしたのだろう。
「……ネネは?」
「ユークさんがマストマ邸を出るのを確認して戻ってきました。今は各方面に二人の無事を知らせるために動いてもらっていますよ」
「そうか。そりゃあ、悪いことしたな……」
そう頭を掻いていると、シルクが顔をきりりとさせる。
これはサブリーダーのお仕事モードだ。
「さて、それでは……レインはお説教ですよ」
「うっ」
「ユークさんは温泉へ。マリナ、連れて行きなさい。仕事をしないように見張っていてね」
「はーい!」
シルクの言葉に、俺の腕をがっちりとホールドするマリナ。
「はい、いきますよー」
「お、おおい……引っ張るなって」
強引なマリナに文字通り引き摺られながら、俺は浴場へと連れていかれるのであった。
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