第45話 決断と一時の別れ

 

 ルーセントの言葉を反芻しながら、頭を回転させる。

 どうするべきか、という結論を今すぐに出すために。


 おそらく、あの『一つの黄金』を破壊することで、この迷宮は終わる。

 それは、『大書庫』で得た知見から予想されたものだ。

 その点については知恵者のモリアとも意見が一致している。


 全ての元凶であるこれが無くなれば、歪んだ『グラッド・シィ=イム』を構成する魔法は霧散し、この迷宮そのものが立ち消えるか無力化するはずだ。

 そして、今この瞬間……もっともそれに適したタイミングであるということも理解できる。


「壊したら、終いやろ?」


 ルーセントと共に駆けつけていたマローナが首をかしげる。


「そうなんですが、何かが気になるんです。それが何なのか、いま自分の中で探しているんですが……」


 この違和感は何だろう。

 まだ、終わっていないという感覚が胸中にあり、それはうっすらとした重みで以て俺の判断を鈍らせている。


「ふむ……では、ユーク殿。後を任せる」

「モリア師、その判断の理由はなんだ?」


 進み出た老魔法使いの言葉にルーセントが問いを返す。

 それに頷いて、モリアが人差し指をたてて口を開いた。


「まず、儂らではあれを破壊できぬ。できるのは優れた赤魔道士たるユーク殿のみじゃろう」

「そうですのん? 赤魔道士っていろいろできるんやねぇ」

「次に、儂らの目的はそこの少女の救出と帰還じゃ。あれもこれもと欲を出すのは三流のすることよ」

「耳が痛いな」


 ルーセントが軽く首を振ってため息を吐き出す。


「さりとて、この機会を逃すのもまた暗愚であろう。それ故に、折衷案じゃ。儂らでルンを護送し、破壊するかどうかはユーク殿に一任する」

「なるほど。そもそも彼にしかできないのであれば、ここに我らが残って見守る必要もないか」

「話はわかるんやけど、魔物化したりはせぇへんか?」


 マローナが心配げな視線を投げてよこす。

 斜陽の魔物と化した『フルバウンド』を始末した直後だ。その不安はわかる。


「大丈夫。あれは、指輪を、つけたから、だし」

「ほな、ええんやけど。じゃあ、ルンちゃんお姉ちゃんらといこうか」


 声をかけられたルンが小さく首を振る。


「ダメ」


 はっきりとした意思表示をして、ルンが俺達に向き直る。


「お兄ちゃん。あれを壊すんだよね?」

「あ、ああ……」


 ルンの指さす先は揺らめく光を放つ『一つの黄金』だ。


「だったらルンが手伝う。でも、するならルンと二人だけの方がいい」

「どういうことじゃ?」


 モリアの目には知識欲の溢れた光が宿る。

 この年になっても知識探求の為に冒険者を続けているような人だ、仕方あるまい。


「ルンは『黄金の巫女』だから、あれに触れても平気。お兄ちゃんも、多分大丈夫……でも、他の人は、きっと黄昏を浴びて『斜陽』に染まっちゃう。だから、ダメ」

「ユーク殿は大丈夫なのかの? 何故じゃ」


 その問いに黙って、俺を振り返るルン。

 幼くとも聡い子だ。


「『黄金の巫女ニーベルン』が大丈夫だというのなら、そうなんでしょう。それに、もしもの時の被害は少ない方がいい」

「ユーク!」


 俺の言葉に、マリナが鋭く声を上げる。


「先生。今の言葉は聞き捨てなりませんよ」

「そうっす。ここにきて、悪い癖が出てるっすよ」

「言葉のあやだ。自己犠牲に殉ずるつもりはない」


 そう弁解するが、三人の目は懐疑的だ。


「ね、何とか、ならないの? ルン」

「無理、かな。お兄ちゃんは特別なの。……わかるよね?」

「そう、だね」


 レインが困ったように笑って俺に向き直る。


「じゃ、仕方ないね。ボク……先に戻って、待ってる。ルンちゃん、連れて帰って来て、ね」


 たくさんの人の前だというのに、抱擁ハグを敢行するレインを軽く抱きしめ返して、俺はうなずく。


「ああ。仕事はこなすさ。俺にしかできないことなんて、そうあるものじゃないからな」


 器用貧乏の赤魔道士であるユーク・フェルディオにしかできないことがある。

 それが、〝淘汰〟などという大きな危機であれば、これはなかなか冒険者冥利に尽きる機会といえるだろう。


「む、レインったら。じゃあ、あたしも納得するしかないじゃない」


 そう抱きついてきたマリナの頭を軽く撫でやる。


「そう不安になるもんじゃないさ。これでも、そこそこの修羅場はくぐってきた」

「そういうことじゃ、ないんですよ」


 シルクが小さな溜息と共に、俺の肩に額を触れさせる。

 自制心が利いているはずのシルクがこれだ。思ったよりも心配をかけすぎているのかもしれない。


「私はもう抱きつくところがないので、帰って待機してるっす。帰ったら三十秒のネネタイムを要求するっす」


 そう言いながら、ネネが耳をピクピクさせながら軽く笑うので、それにうなずいて返す。

 『ネネタイム』については初めて聞く言葉だが、言わんとすることはわかる。


「愛されとるねぇ。仲良しやわぁ」

「これも〝勇者〟の素養じゃな」


 モリアが口を滑らせたようだが、『グラッド・シィ=イム』を壊してしまえばそんな分不相応な称号ともおさらばだ。


「では、ルーセントさん。帰還の先導をお願いします」

「心得た。地下水路に入る前に【震えクルミ】を割って知らせる」

「ありがとうございます。帰ったら、一杯奢らせてください」

「ふっ……。高い酒を覚悟してもらうぞ?」


 口角を釣り上げるルーセントに小さく頭を下げて、仲間たちに向き直る。


「すぐ帰る。宴会の準備をして待っていてくれ」

「うん。また、後で」

「絶対にだよ?」

「無理は禁物ですよ?」

「ユークさん、信じてるっす」


 名残惜し気な仲間たちが、『スコルディア』、『カーマイン』と共に、王の間を脱していくのを見守り、俺はルンにうなずく。

 おそらく、ルンと二人きりになれば姿を現すはずだ。

 その確信を持って、振り向いた先……焼け焦げた玉座には、予想通りの者が座った状態で姿を現していた。


「ようやく、ここまで来られましたな。ユーク・フェルディオ様」

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