第44話 救出と破壊

「…… …… ……!」


 迷宮主ダンジョンマスターであるヴォーダン王を包む深紅の炎。

 この世ならざる悲鳴をあげながら悶えるが、こちらもそれを漫然と見ているわけにはいかない。


「ネネ!」

「はいっす!」


 〈水衣の加護アクアベール〉を連続で放って指示を飛ばすと、意図を察したネネが少し大回りしてルンの元に向かった。

 〈真炎フレア〉の威力が高すぎて、周囲にも影響が出ているからだ。


「もっとコントロール、する……!」


 紅玉の杖を突き出して、今だ燃え盛る〈真炎フレア〉へ集中し始めるレイン。

 俺は彼女の肩をそっと叩いて、それを遮った。


「無理するな、レイン」


 強力な魔法を使用したことでレインの魔力と集中力はすでにボロボロだ。

 これ以上無理をさせるわけにはいかない。


「でも……できるだけのことは、やる」

「サポートします!」


 シルクが水の精霊ウンディーネを伴って隣に並ぶ。

 俺もできる限り高速で〈水衣の加護アクアベール〉の魔法式を構成した。

 複数枚の〈水衣の加護アクアベール〉を張り巡らし、それを水の精霊ウンディーネの力でさらに強化すれば何とかなるはず。


 加えて……。


「戻ってきたっす!」


 ルンを抱きかかえたネネが、俺の隣に着地する。

 さすが、仕事が早い。これで俺達の目的は達せられた。

 あとは、無事に戻るだけだ。


「全員、俺の後ろに! 起動チェック


 【耐熱の巻物スクロールオブレジストファイア】も起動しておく。

 こいつは効果範囲こそ狭いものの効果は折り紙付きで、低級火竜のブレス程度なら遮れてしまう性能だ。

 これで俺が盾になればいい。


「レイン、いいぞ! コントロールを手放せ!」

「うん。もう、限界」


 レインがへたり込むと同時に、ヴォーダン王を包んでいた炎が収縮。

 直後に熱波熱線を伴った大爆発を起こした。


「く……ッ」


 耐熱耐衝撃効果のあるマントを広げて、後ろにいる仲間たちを守る。

 俺は器用貧乏な赤魔道士だ。騎士タンクの真似事だってやってみせる。


 術式から解き放たれた〈真炎フレア〉が、炎の波となって王と王座周辺を焼き尽くしながら広がり、やがて霧散する。

 玉座は消し炭の様になって残ったが、王はそのすべてを焼かれて灰と消えた。


「大丈夫? レイン?」


 マリナがへたり込むレインを助け起こす。


「頭、痛い……。体も動かない、し。マリナ、少し支えてて」

「うん。ユークが何とかしてくれるよ!」


 期待のこもった視線を向けるマリナにうなずいて、まずは〈魔力継続回復リフレッシュ・マナ〉の魔法をレインに付与する。

 これだけでは不十分なので、魔法の鞄マジックバッグに手を突っ込んで【魔力回復薬マナ・ポーション】を一つ取り出した。


「マリナ、レインにこれを飲ませておいてくれ」

「ユークは?」

「『スコルディア』と『カーマイン』を見てくる。」

「わたしもご一緒するっす」

「わたくしも。マリナ、レインとルンちゃんをお願いね」


 動き出そうとした俺の袖をつまむようにして誰かが引っ張る。

 それは意識がはっきりしたらしいルンだった。


「ルン?」

「お兄ちゃん。あれ……」


 指さす先にあるのは、床に転がる金色の指輪。

そして、その先にある、うっすらと黄昏の光を放つ『一つの黄金』。


「……ッ!」


 『一つの黄金』から指輪に向けて、魔力が放射されている。

 〈魔力感知センスマジック〉が使えない俺にでもわかる、可視化できる濃さの魔力マナだ。

 その魔力の気配は、『フルバウンド』の面々を魔物化させた物に酷似している。


「ヴォーダン王をするつもりか……!?」


 指輪に駆け寄り、指先に魔力と祝福のろいを集める。

 多少強引ではあるし、ぶつけ本番だができるはずだ……!


「──〈理壊破失ディジェクト〉ッ!」


 ズキリとした頭痛が頭を締め付ける。

 詠唱を破棄したために、かなりの負担がかかったが……俺の目論見は上手くいった。

 俺はペルセポネから得た加護によって、あらゆる魔法式を強引に破壊する〈魔力破壊ディスペル・マジック〉という暗黒魔法を得たが、これはそれをさらに改良したものだ。


 これは物質的破壊を伴う魔法で、危険な魔法道具アーティファクトを触媒諸共に消し去る。

 『金の指輪』も、広義では魔法道具アーティファクトなのだから、有効なはずだ。


「くぅ……!」


 チリリとした抵抗が指先に痛みとなって伝わってくる。だが、手応えはあった。

 頬の痛みも頭痛も無視して、構わずに魔力マナを指先に出力する。

 そして、キンッと乾いた金属音がして、ヴォーダン王の『金の指輪』が二つに割れ……そのまま砕け散った。


「よし……」


 息を吐きだして振り向くと、ルンが驚いたような複雑な顔をしていた。

 そこで、しくじったと気が付く。


 おそらく、ルンはこの『グラッド・シィ=イム』の王の血筋に連なるものだ。

 そして、歪んでいるとはいえ『金の指輪』は人間そのものの情報を保管する器である。

 つまり、いま俺は彼女の目の前で大切だったかもしれない人を、永遠に失わせたのだ。


「ユーク君、首尾はどうか」


 少しの後悔を、胸の奥に押し込めているとルーセント達『スコルディア』がこちらに駆けてきた。

 鎧や盾に傷はあるものの、重傷者などはいないようだ。

 あの強力な魔物と化した『フルバウンド』相手にして、さすがとしか言いようがない。


迷宮主ダンジョンマスターらしき玉座の人物を撃破。ルンを保護しました」

「さて、どうする」


 ルーセントの視線が奥へと向けられる。

 そこには、黄昏の光を放ち続ける『一つの黄金』がただ静かに、浮遊していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る