第46話 再現と許しと

「ロゥゲ……」


 玉座に座る影は、ここまで俺達を導いてきた喪服の老人、ロゥゲであった。


「あなた方が父を討たれたことで、吾輩めが王位継承と相成りました」

「それで? 今度はあなたが俺と戦うのか?」

「とんでもないことでございます」


 首を振った老人が玉座から立ち上がり、静かに輝く『一つの黄金』を見やる。


「王と巫女、そして魔法使いが再び揃いました。今度こそ、おしまいでございます」

「なるほどな」


 かつてこの場所で行われた大魔法。

 この願いをも具現化せしめる魔力の塊に再び魔法を織り込んで、今度はこの世界を終わらせるか。


「普通にそれを破壊するだけじゃダメなのか?」

「やめておいた方がよろしいでしょう。きっと、あなた様の体に大きな影響が出る」


 指輪一つ壊すのにあれだけ消耗したのだ。

 『一つの黄金』を〈理壊破失ディジェクト〉で壊そうと思えば、脳が焼き切れる可能性は否めない。

 かと言って、あの魔法使いが行なった魔法を赤魔道士である俺が使うのも難しいだろう。


「大丈夫だよ。お兄ちゃん。制御はルンがするから」


 俺の不安を察したか。聡い子供だ。


「これで、『斜陽』が終わるのか?」

「そのための、『王』。そのための『巫女』でございます。そも、この『斜陽』という淘汰は、我々が引き起こしたものです故」


 ロゥゲの言葉に、俺は言葉を失う。

 大書庫の歴史書にも、魔法使いの記憶にもそのような事実はなかったはずだ。


「吾輩は偉大なるヴォーダン王の息子として、これの成り立ちを知っておりますからな」


 黄昏の光を放つ水晶を見やりながら、ロゥゲがため息をつく。


「これは旧き時代に異界より流れ着き、生と死を別つ川の底へ沈んだ魔法の石でございました」


 まるで昔話の様にロゥゲが語り始める。

 その川底に住まう三人の死神の乙女は、世を乱すものとしてこれをひた隠しにしていた。

 しかし、その秘密はある男の手によって暴かれることとなる。


 その日暮らしもままならぬ小人族の下男は、手に入れた『一つの黄金』で以て王となった。

 そこまではまだいい。小人族の王国は小さく、男は小心な野望を満たして満足をしていた。


 だが、それに目をつけたのがヴォーダン王だ。


 戦争を好むヴォーダン王は、謀略と戦略によって瞬く間に小人族の国を討ち滅ぼし、『一つの黄金』を奪いさった。

 小人族の王は、死の間際に黄金に願った。願うべきでないことを。


「──世界の全てよ、呪われよ」と。


 奪い、奪われを繰り返しながら『一つの黄金』は世界の各地を回り……そのすべてを呪いながら、ヴォーダン王の手元に戻ってきた。

 そのころ、もう世界と神は『斜陽』の光に狂ってしまっていたのだが。


「そうして、吾輩たちの世界は滅んだのです」

「じゃあ、これこそが〝淘汰〟だっていうのか?」


 瞬く水晶を指さして、俺は問う。


「左様。この石こそが……『斜陽』そのものなのですよ」


 話を聞いて、背中に悪寒が走る。

 何かがおかしい。この、妙な感触はなんだ?

 一見美しいともいえる、この黄金の水晶が俺の心をひどくざわつかせる。


 そもそも、なぜ俺だけが平気といえる?

 『青白き不死者王』の眷属だからか?

 確かに、そういった呪いの類には強いかもしれない。


 俺の魂はペルセポネによって死後をされている。

 で、あればそれを変質させるものには耐性があってもおかしくはない。


 だが、何かが違う気がする。

 それだけではない、何かがあるような直感と確信が胸中にあるのだ。

 あの最初の……この黄昏の光を見た瞬間の嫌悪感。

 その光を放つ黄金の水晶──『一つの黄金』。


「……そうか。そういう、ことだったか」


 咀嚼するように違和感を確かめ、反芻するように嫌悪感を認める。

 そうしたことで、俺の中で推論と結論が組み合わさっていく。


「まったく、因果なものだな」


 『一つの黄金』を見やりながら、俺は大きくため息をつく。

 すっかりと息を吐きだしたところで、ポケットの中の【震えクルミ】が震動した。

 本来、周囲に救援を求めるための【震えクルミ】だが、今回のこれはルーセントが退避の合図として使用したのだろう。


「……時間のようだ」

「もう、よろしいのですかな?」

「ああ。責任は取るさ」

「使い方を誤ったのは我々でございます故。気にすることもありませぬ」


 この口ぶりからして、ロゥゲはこれが何であるか知っているのだろう。

 なぜ知っているのかを、いまさら問いはしない。

 この老人は、きっと最期まで秘密を心中に留めおくことだろう。


 『グラッド・シィ=イム』最後の王は、賢い王様だ。


「では、儀式をはじめますぞ」


 ロゥゲが『一つの黄金』に手を触れる。

 金色に輝く水晶から黄昏色の光がふわりと立ち上って、周囲を照らす。

 正体に気が付いてしまった以上、それがきれいだとは思わなかったが……少しばかり懐かしくはあった。


「吾輩の願いは静かなる終焉。そして、この世界からの乖離。消失による全ての奔流オールストリームへの帰依。さぁ、ユーク様……〈成就〉の大魔法を」

「ああ」


 使えるはずがないと思っていた術式だが、今ならわかる。

 そもそもにして、この魔法は魔法なのだから。


 朗々と詠唱を始める俺のとなりに並んで、ルンが詩を歌い始める。

 『グラッド・シィ=イム』の言葉だろうか?

 耳慣れない言葉で紡がれるそれだったが、その美しさは俺には理解できた。


 湧き上がるのは、郷愁、慰撫、慈愛。

 罪人を許すための救いの言葉。

 『一つの黄金』の、その本質に響く旋律が黄昏色をした歪みの光を散らせていく。


「──Mi pardonas. La pekon, kiun vi faris. Espero pri morgaŭa lumo. Forgesu la hieraŭan mallumon. Kaj ĝis revido iam. Kiam ĉio paliĝas kaj venas la tago, kiam ni povas rideti unu al la alia──」


 ルンの歌に乗せて魔法式を組み立てていく。

 彼女の歌に比べてなんと無機質なことだとは思いながらも、俺は長い年月をかけてすっかり絡まり切ってしまった自分自身の魔法式に、思いを乗せて組み上げていく。

 即興の口語魔法式を組み立てるなんて無茶をしてはいるが、思いのほか負担は少ない。


 ロゥゲが願いを注ぎ、ルンが詩で繋ぎ、俺が制御する。


 俺の魔法式が、〈成就〉の結果を引き出そうとしたその時……ピシリ、と『一つの黄金』にひびが入った。

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