第40話 足取りと王の間

 圧力と不快感が増す『ヴォーダン城』の二階を注意深く、そして急ぎ足で進んでいく。

 地図に示された目的地と、現在地、そして『フルバウンド』の足取り……この様子だと、追いつくのは今回の攻略目的地である『王の間』となる可能性が高い。


 そこに何があるのか、何がいるのかはわからない。

 通常の迷宮ダンジョンであれば、そこはいわゆる『ボス部屋』と呼ばれる場所になっていると思われるが、この『グラッド・シィ=イム』そして『ヴォーダン城』が普通でない以上、迂闊な予測は逆に危険だ。


 ここは、冒険者の常識が通用しないことが多い。


「やっぱり、攻略ルートを通ってるみたいっすね」

「追いつけそうか?」

「……どうっすかね」


 ネネの言い澱みに、小さくうなずく。

 彼らが少しばかり注意深くあれば、『王の間』に入る前の場所で、追いつくことができるだろう。

 しかし、功名心にかられて踏み込んでいたら、かなりマズい。

 ルンに危険が及ぶ可能性がある。


「ルンがいるから、足が速いの、かも」

「ああ。そうかもしれないな」


 この『グラッド・シィ=イム』に深いかかわりがあるルンは、俺達の様に異物と判断されない可能性がある。

 事実、前回の攻略でルンを連れていた俺達は、魔物と遭遇しなかった。

 俺達が例の鎧騎士の待ち伏せに足止めをくらっているにも関わらず、『フルバウンド』が先行しているというのもその推測を後押しする事実だ。


「……ユークさん、ビブリオンが記憶を見つけました」

「何かあったか?」


 シルクの言葉に振り向くと、ビブリオンがするすると俺の首に巻き付いてきて、耳元でささやいた。

 知った言語ではないが、それは直接的な情報として俺に届けられる。


「くそ、あいつらめ」

「どうしたの? ユーク?」

「記憶の残滓によると、ここでルンが『フルバウンド』を止めた。俺達を呼ぶべきだと言ったみたいだけど……あいつら、それを無視して奥に強行したみたいだ」


 しかも、『フルバウンド』は嘘をついてルンを連れ出していたようだ。

 俺達『クローバー』の名前を使ってルンを騙し、城の奥に案内させたらしい。


「なによ、それ……!」

「許せないっす」


 マリナとネネが、怒りをあらわにして通路の奥を見やる。

 二人は特にルンと仲が良いので、怒るのも仕方ないことだろう。


「わたくし達を呼ぶべき、とはどういう意味なのでしょうか?」

「騙されたことに気付いたってことっすかね?」

「それにしては、言い回しが妙な気がします」


 ビブリオンと契約しているシルクには、細かいニュアンスも伝わっているのかもしれない。

 それに、確かに「呼ぶべき」という言葉は、些か気にかかる。


「進も。それで、わかる」

「ああ、そうしよう」


 レインの出した結論が、最適解だ。

 ここで考えるよりも、ルンに直接聞いた方が早い。


「先行警戒、行くっす。進行警戒でいいっすね?」

「ああ。頼む」


 長い廊下を注意深く駆けていくネネのあとを、ゆっくりと追っていく。

 本来ならば、ネネが戻ってくるまで待機するのが常なのだが、今回は俺たちも後を追う方法だ。

 安全性は少し下がるが、進行速度は早い。


「──〈魔力感知センスマジック〉」

「ビブリオン、お願いね」


 安全性の担保に、レインとシルクが加わる。

 ネネでは見抜きにくい魔法的な揺らぎと、ビブリオンによる直近予測で危機を察知すれば、進行警戒でもそう問題ないはずだ。

 俺は俺で、この間に仲間たちの強化付与を更新していく。


 窓から黄昏の光が差し込む長い長い廊下を、まっすぐと進んでいく。

 そして、俺たちは辿り着いてしまった。


 ……『王の間』に。


 その扉はすでに人が入れるくらいの隙間が開いており、その先からはネネでなくてもわかるくらいの人の気配があった。

 ときおり聞こえる声は、どこか喜色に染められており……それらは間違いなく『フルバウンド』のものだ。


「……」


 判断を求めるネネがこちらを見たので、小さくうなずく。

 すると、忍び足で扉に近寄ったネネが、扉の隙間へと視線を向け、少ししてこちらを向いた。

 ……示されたハンドサインは待機。


 ネネの指示通りに少し離れた場所へ下がり、ネネが戻ってくるのを待っていると、足音一つ立てずにネネがこちらに戻ってきた。

 そして、囁き声で口を開く。


「やばいっす」


 ネネがこれを口にするときは、おおよその場合において本当に

 何がやばいのかにもよるが、あまりいい状況ではなさそうだ。


「何があった?」

「『フルバウンド』がいるんすけど……あいつら、様子がおかしいっす」

「ルンちゃんは? いた?」

「見えなかったっす」


 ネネがルンの姿を確認できずに戻ってくるような、異常な状態というのはいかほどのものか。

 様子がおかしいというのも、気にかかる。


「危険は、ありそうか?」

「いきなり襲ってくるとかはなさそうっすけど、奥に『王様』が居たっす」

「王様?」

「王冠をつけた人間に見えるっすけど……多分、また魔物だと思うっす」


 ネネの直感は信頼に値する。

 おそらく、魔物だという認識も正しいのだろう。

 ……ロゥゲやルンのようなの可能性も否定はできないが。


「どう、するっすか?」


 さて、どうするか。

 その『王様』とやらがボスだとして、『クローバー』単独で乗り込むべきか、それとも他のパーティを待つべきか。


「行こう、ユーク。ルンちゃんを助けないと」

「同感です。踏み込みましょう」

「うん。ボクらが、行かないと」

「準備はできてるっす」


 判断に鈍い俺の背中は、相も変わらず彼女たちに押されっぱなしだ。

 ルーセントさんも、俺達を先に行かせるために残った。

 ならば、俺は迷うわけにいかない。


「よし、踏み込もう。……戦闘準備。 最優先はルンの安全確保だ」

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