第39話 老人とルンの行方

「……!」


 〈歪光彩の矢プリズミックミサイル〉の直撃を受けた鎧騎士の動きが鈍った。

 甲冑の隙間からは赤黒い靄が立ち上り、軋むような音をあげながらそれでもなお剣を振り上げる。


「マリナ!」

「おっけー!」


 『魔剣化』の黒い光を伴ったマリナの一閃が、鋭い踏み込みと同時に放たれる。

 逆袈裟に振るわれたその一撃は、まるでバターの様に鎧騎士を切り裂いて、マリナは静かに振り向いて黒刀を鞘に納めた。


「切り捨て御免──なんちって」


 妙に締まらぬマリナの背後、鎧騎士が袈裟に断たれてずるりと崩れ落ちた。

それを見て、俺はようやく息を吐きだして緊張を解く。

 マリナの余裕が不注意でないとわかっていても、やはり安全が確認されるまで気は抜けない。


「戦闘終了、調査に入る」


 指令所で配信を確認しているベディボア侯爵やマニエラに現状行動を告げて、鎧騎士の残骸に向かう。

 実際に近寄ってみると、かなり大きい。10フィートほどはあるか?

 そして、この魔物はいつもと少しばかり違うことに気付いた。

 階下から上がってこようとするレインとシルクを軽く手で押しとどめる。


「あたしが手伝うよ。ネネは周りを警戒して」

「了解っす」


 マリナが、俺の迷いを察知して声をかけてくれた。

 こんな役回りをさせて申し訳ないと思うが、手伝いは確かに必要だ。


「人間に、近いな」

「うん。今までのここの魔物とはちょっと違うかも。手応えは変わんないんだけどね」


 軽く苦笑するマリナ。

 余りその感覚に慣れてほしくないというのは俺のエゴなのだろうが、現状はどうしようもない。

 鎧騎士の生々しい断面からは赤い血が滴って床に広がっており、これが人間だったと強く意識させられる。


 先は急ぐが、これから一つだけ持っていかねばならないものがある。

 ……『金の指輪』だ。

 これが、『グラッド・シィ=イム』からソースを得て魔物を発生させるトリガーであるからには、魔物モンスターの魔石同様、回収しておかねばなるまい。


 でなければ、帰り道にまたこれに遭遇する可能性がある。

 なにせ、の材料はこの世界そのものなのだから。


「……あった」


 それはすぐに見つかった。見つかってしまった。

 鎧騎士の腕甲ガントレットを剥がすと、まるで普通の人間がそうするように、金の指輪が指にはめられていたのだ。

 そして、鎧を剥がしたその腕は……まるで人間そのもののようだった。


 他の魔物とどう違うのか、という検証をする必要があるだろう。

 しかし、いまは目的が最優先だ。


「おまたせ、指輪を回収した。行こう」


 仲間たちに声をかけて、踏み込んだ二階部分に視線を向ける。

 景色自体はそう変わらないが、頬の痣に感じる違和感は、さらに強くなっていた。

 おそらく、異世界の核心に近づいているのだろう。


「ネネ、気配がかなり濃い。気を付けてくれ」

「了解っす。やばくなったら助けてくださいっす」


 軽口で返しつつも、慎重な足取りでネネが先行警戒に出る。

 二階部分も地図通りなら、注意深く進んでもものの三十分ほどで『王の間』に辿り着くはずだ。

 大魔法の発動場所でもあるあの場所には、おそらく『一つの黄金』がある。

 実際に調査してみなくては何とも言えないが、上手くすれば『グラッド・シィ=イム』を完全攻略……つまり機能停止に導くことができるかもしれない。


 そんな事を考えていた俺の視線の先に、ずるりと老人が姿を現した。

 相変わらず、喪に服したような黒いローブのロゥゲが、ぎょろりとした視線をこちらに向ける。


「ロゥゲ」

「幾日かぶりでございますな。フェルディオ様、皆さま。」


 大書庫以来となるロゥゲは、静かな佇まいで俺たちを見る。

 あの奇妙な笑い声はなく、その言葉には擦れた正気がにじみ出ていた。


「いろいろと『グラッド・シィ=イム』の事を知ったよ。……あなたのことも」

「左様でございますか」

「ルンの事は、わからなかったけど」

「あの娘は魔術師殿と吾輩が残した……カギでございます」


 ロゥゲが懐から指輪を取り出す。


「こんなものに人を収めるなど、どだい無理でございます。王都のこの醜態も予想はされておりました。迷宮化するというのは些か予想の外でございましたが、今となっては好都合というもの……」

「好都合?」


 俺の問いに返事を返さない老人の顔が、窓から差し込む黄昏の光に向けられる。

 どこか遠い目をしたロゥゲが、深々と頭を下げて口を再度開く。


「どうか、をなさいますよう」


 それだけ告げて頭を下げた老人の姿が、砂の様に崩れて掻き消える。

 彼が居た場所には、ただ一つの痕跡──『金の指輪』が黄昏の光を反射して、きらりと光った。


「……どうしたんすか?」


 立ちすくむ俺達の元に、先行警戒に出ていたネネが戻ってくる。


「さっきまでロゥゲがいたんだ」

「あの爺さんっすか!? あの爺さんも私の警戒を抜いて現れるんで心臓に悪いっす……」


 そう言われて気が付いた。

 確かに、もしロゥゲがこちらに危害を加えようと思えばそれはかなり容易いはずだ。

 何せネネの先行警戒からも、シルクの周辺警戒すらもすり抜けて俺達の前に姿を現すのだから。


 危機感が足りなかった……と反省はするものの、どうしてもあの老人にそう言ったものを抱けない自分もいる。

 大書庫に踏み込んだおかげで、いろいろな情報を得ることができた。

 その中には、あの老人……ロゥゲ・ヴォーダニアンの情報もあった。

 その家名の通り、彼はこの『ヴォーダン』の王家筋の人間であり、あれで、ヴィーダン王の息子にあたる人物のようだ。


 『斜陽』関連の資料に登場するロゥゲは二十二歳……俺とそう変わらぬ年齢の青年として記録されていたのだが、どういった理由かあのような姿になっている。

 魔術師と密約を交わしたそうだが、それについてはまさに秘密の様でどこにも記載されていなかった。

 精霊ビブリオンに頼んでも見つけられなかったのだから、もはや俺達に知ることはできないことなのだろう。


「あの爺さんも気になるっすけど……ユークさん、見つけたっすよ」

「ルンちゃん、見つかったの?」


 マリナの笑顔に、ネネは首を振る。

 しゅんとするマリナの代わりに、ネネに問う。


「『フルバウンド』か?」

「……の、足跡っす。状態から見て、そう時間は経ってないっす」

「よし、行こう。彼らがどういうつもりにせよ、ルンの救出は最優先だ」


 俺の言葉に全員が頷いた。

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