第38話 ヴォーダン城の騎士と忌まわしき魔法
二度目となる『ヴォーダン城』への進入に成功した俺たちは、先行警戒をかけるネネに従って、城の内部へと足を踏み入れていく。
外郭庭園では大量に配置されていた
ただ、やはり纏わりつくような異世界の違和感は、ある。
まるで霧の中にいるような、不快な感触……賢人モリアが『拒否感』と呼んでいたものだ。
「大丈夫、ユーク?」
「ああ、問題ない。痣、どうなってる?」
「ちょっと、濃くなってる、みたい」
隣を歩くレインが、心配げな目で俺を見る。
城内に入ってしばらく、『
どうやら、この異世界の気配と、歪みに反応しているらしい。
「この様子だと、地図通りに進めばいけそうだな」
「っすね。ただ、
優れた
経験にもよるらしいが、ネネのような
……その理由も、少しは判明している。
この『グラッド・シィ=イム』の存在自体が人間の構成要素で以て構成されており、いわば一つの生物のようになっているのではないか、とモリアは推測していた。
そして、『成就』の魔法の成り立ちを知る俺は、おそらくそれは正しいのだろうと確信めいたものを感じている。
次元を超えるにあたり、全ての人間を一つの器に入れる必要があった。
個々の人間の全てを、一人ずつ魔法で保護して送り出すなんて真似は『黄金』を使った『成就』の魔法でも不可能だ。
だから、街の人間全てに馴染みのある『グラッド・シィ=イム』を器に全てを概念化して、別の次元──つまり、俺達のいるレムシータへと渡ったのだ。
全てを溶かして、生命ならざる概念で次元を渡り、『人間』の情報を込めた『黄金の指輪』で都市から民を再構築する……それが、偉大なる魔術師とヴォーダン王の計画だった。
しかし、指輪は人間を再構築するには不完全なものだったらしい。
余りに概念化された住民たちは、その特性あるいは役割だけを表面化させた歪な存在として
余りに端的かつ先鋭的、そして断片的な人ならざる魔物として『グラッド・シィ=イム』を蠢く魔物として。
はじめて会った時、ロゥゲが「皆いますとも」と無人の街並みに向けた言葉の裏にはこの事情が隠されていたのだろう。
「シルクさん、精霊の流れはどうっすか?」
「階段の上に向けて警戒してる。何かがあるんだわ……!」
しばし歩いた先、二階部分に上がる階段の手前まで到着した俺たちは、異様な雰囲気に立ち止まった。
迷宮の気配に反応する俺にはひりつくような感覚として、その気配がわかる。
ネネにしても何かを感じているようだ。
「さて、何だろうな」
「わかんないけど、これ……殺気かな? ちょっと違う気もするけど、すごく
マリナは俺たちとも少し違う気配を感じているようだ。
『侍』であるが故のセンスかもしれない。
「
指を軽く振って、一人一人に強化魔法を重ねていく。
特に前衛となって矢面に立つマリナとネネには防御魔法を念入りに付与しておく。
俺にしても、いざという時に中衛としてカバーに入れるよう、〈
「おいでなさい、ビブリオン」
シルクの言葉に反応して、本を翼のようにはためかせる小さな白蛇が姿を現す。
「この階段の上の物語を聞かせて」
「ウン」
シルクの首にくるりと巻き付いたビブリオンが何かを彼女の耳元でささやく。
記録と記憶、そして書物と書架の精霊であるビブリオンは、実は強力な精霊だった。
情報の権化であるこの精霊は、未来予測を可能にするのである。
数秒程度の予測で完全に正確というわけではないようだが、それでもいくつかの実験ではかなりの精度で危機を感知することができた(ネネの奇襲を予測できるくらいだった)。
「先行は私が行くっす」
するすると音もなく階段を上っていくネネ。
その後を、注意深く警戒しながら俺達は進んだ。
ネネが階段を上り切った瞬間、周囲が強く揺らめく。
「……ッ! ネネ!」
「無事っす!」
宙返りをしつつ、俺達の位置まで退がってくるネネの着地を確認しつつ、階上を見上げる。
そこには、これまでの歪んだ者達とは明らかに違う鎧騎士が整然と騎士剣を抜いて立っていた。
白く磨かれた鎧は、どこか神々しくもあり……この魔物が非常に強力であろうことを物語っていた。
「かなり速いっす。剣を抜いた瞬間後ろに下がったので避けられたっすけど」
「容赦なしだな。さて……通らせてもらうぞッ!」
俺の言葉を皮切りに、マリナが跳ねるように階段を駆け上がっていく。
すでに黒刀は抜き放たれており、あっという間に騎士に肉薄したマリナが一太刀振るう。
それをこともなげにいなした、騎士のカウンターに俺は〈
マリナとはあらかじめ確認した連携だ。
彼女の突進力を生かす作戦は、彼女自身に危険が伴う。
かと言って、それを恐れすぎてマリナの火力を生かせなければ、格上相手の場合じり貧になりかねない。
それ故、マリナの初撃は防御を捨てた一撃を放つように、という方針を立てたのだ。
「俺がカバーするから」と言ったら、マリナは疑う様子もなく二つ返事で頷いた。
「……手強いッ」
その場にとどまり、騎士と向き合ったマリナが小さく漏らす。
普段、陽気で不注意に見える彼女だが、こと戦いとなれば冷静さはその手に持つ黒刀のように鋭い。
「そう時間をかけてはいられないか。シルク、レイン……マリナ達のカバーを頼む」
「ん。まかせて」
「了解いたしました」
シルクが先読みし、レインが魔法使いと僧侶の魔法で援護する。
そしてその間に俺が詠唱する……というのもまた、事前に決めた作戦の一つだ。
全員で綿密に連携パターンを練り、
今回のような強力な者との遭遇戦も、想定はしている。
「──La putra odoro de rozoj, hurlantaj nigraj hundoj, la maro glutanta la subirantan sunon, miksaĵon de nigra kaj blanka, hele kolora malpura akvo──」
あの日以来、使っていなかった魔法を詠唱と共に紡ぎ、練り上げていく。
耳の奥でサイモンの叫び声がリフレインした気がしてほんの少し、心臓が跳ねるが……心を平静に保って詠唱を終える。
「〈
じわりとした頬の痛みと共に、俺の手から忌まわしき魔法の矢が鎧騎士に向かって放たれた。
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