第36話 独断専行の『フルバウンド』とユークの葛藤
「ルンが!?」
ルンを、『フルバウンド』が連れ去ったというのだ。
一昨日までは俺達のコテージで寝泊まりしていたのだが、攻略のことで手が離せなくなり、王立学術院の休憩用コテージで預かってもらうことになったのだが、そこに『フルバウンド』が訪れて連れ出したというのだ。
「すまない、ユーク君。彼女が特別な存在だというのは、我々の中では共有事項ではあるが、まさか独断専行の為に連れていくとは……! 彼らについては
現場の最高責任者であるベディボア侯爵が、俺に謝罪の言葉を口にする。
高位貴族の謝罪など心臓が縮こまってしまうのでやめてほしい。
「どうしたんだね?」
騒ぎを聞きつけて別の場所で準備中だった『スコルディア』のメンバーが集まってくる。
『カーマイン』の面々も同じくだ。
状況を説明すると、小さく考えたルーセントが俺に問う。
「どうする、ユーク君」
「予定通りに
「ちょっと、ユーク! ルンちゃんを放っておくの!?」
俺の言葉に、マリナが非難の声をあげた。
他のメンバーにしても、声こそ上げないものの視線をこちらに向ける。
俺も少し余裕が足りない。言葉足らずだったようだ。
「そういうわけじゃないさ。どちらにせよ、先行している『フルバウンド』に追いつく必要がある。まずは通常通りの進行で行こう。あいつらだって、立案された進行ルートをたどるはずだ」
追いつきさえすれば、ルンを保護することも彼等の行動を咎めることもできる。
そのためには、まず俺達が予定通りに、安全に彼らに追いつく必要があるのだ。
「無茶してないとええんやけどなぁ……」
「そうですね」
眉尻を下げる『カーマイン』のマローナに小さくうなずく。
付き合いは短いが、『フルバウンド』は確かな実力のあるパーティだ。
戦闘や、探索、手際の良さ。どれをとっても手練れと言える。
しかし、彼等は功を焦り……そして浮かれている。
俺達Aランクのパーティを出し抜いて、成果を上げることにあまりにこだわりが強い。
しかし、ここにきて協調性の足りなさがマズい事態を引き起こしたんだ。
「急ごう、ユーク」
「ああ。目的地はどうせ同じだ。予定通りのルートでアタックをかける」
地図を広げて、急いで最終ミーティングを始める。
「目標地点は王の間です」
例の大型魔法の発動地点は『王の間』──ヴォーダン城の最奥だ。
そこにまでいけば、きっと何かしら解決の糸口が必ずあるはずだ。
その分、危険もあるだろうが。
「迷宮化の影響で地図通りとはいかぬやもしれぬ。各パーティ充分に留意しておくれ」
モリアの言葉にうなずいて、ルーゼントが口を開く。
「すでに理解をしていると思うが、最優先は『クローバー』の到達だ。迷宮特異点と思われる彼等を『スコルディア』と『カーマイン』でエスコートする。栄誉と報酬は頭割り。まずは事態の解決に全力で当たろう」
これも、攻略者会議で決定した事項なので今更口を挟まない。
しかし、これが『フルバウンド』先行の……ルンを連れ去ったことの決定打となったのはおそらく間違いないだろう。
俺達『クローバー』は彼等からみれば、特別扱いを受けたよそ者のCランクパーティである。
それをサポートせよと言われたのだから、頭に来るのも仕方のないことだろう。
先行者有利となる配置された財宝や、未曽有の危機を解決したという功績を独り占めしたいという思いがあるのかもしれない。
極論、独断専行とはいえ『フルバウンド』がこの危機を解決してくれるならばそれでもいい。
だが、ルンを連れ出すのは流石にNGだ。
確かに彼女は『グラッド・シィ=イム』の関係者なのだろうが、同時に保護すべき脆弱な一般人でもある。
彼女を連れ出すのであれば、俺達に護衛を要請すべきだった。
「攻略を開始しましょう。焦らず、それでいて急がなくてはいけませんから」
「冷静さを失うなよ、ユーク君」
「わかっていますよ、ルーセントさん。……ベディボア侯爵、申し訳ありませんが、今回の攻略について、目標の変更を行います。まず、第一はルンの保護、帰還を最優先にしますが……いいですね?」
「もちろんだ。彼女は本件においても重要な参考人だからな。無事でなくては困る」
俺の言葉に、侯爵が深くうなずく。
本音と建前がうまく一致した返答だと思う。
「……ってワケなので、みんなよろしく」
振り返ると、マリナ達はほっとしたような、それでいてやる気に満ちた目で立っていた。
「ごめん、ユーク。あたし……」
「俺の方こそすまない。言葉が足りなかったし、冷静を装い過ぎた。実際のところは俺もかなり気が急いているんだよなぁ……」
一応、『
しかも、率いるのは歴戦のAランクパーティである。
ここで揺らいでは、不安が攻略成功率に影響しかねない。
「よし。では、攻略を開始しましょう。皆さん、お願いします」
「まかせといてぇ。『カーマイン』、いきますえ」
「『スコルディア』、進行開始!」
すでに準備を終えていた先輩方が、俺の肩に手を触れる。
「そう気負うこともない。君達ならできるさ」
「せやせや。何せあてらがサポートするんやからなぁ」
何とも心強いサポーターだ。
ならば、俺はパーティのサポーターとして、リーダーとしてこの期待に応えねばなるまい。
「『クローバー』、準備完了。みんな、行くぞ!」
「うん! ルンちゃんを迎えに行こう!」
「がんばろ、ユーク」
「ルートは頭に入っています、急ぎましょう」
「先行警戒は任せてくださいっす!」
四人ともが、やる気十分にうなずく。
こうなった彼女たちは、強い。
「諸君、頼んだぞ」
送り出すベディボア侯爵にうなずいて、俺たちは『グラッド・シィ=イム』の入り口となっている地下水路へと進んだ。
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