第35話 裏取引と新たな依頼(ブラン・クラウダ視点)
「これでは計画が台無しではないか!」
馬車の中で頬の傷を拭いながら、抑えきれない苛立ちを同乗する騎士にぶつける。
こいつらがもう少しばかり優秀であれば、もっと優位に立ち回れたものを。
「冒険者などにいいようにあしらわれてしまうとは、恥を知れ。お前たちが無傷で私が傷を負うなど、あってはならんことなのだぞ!」
「申し訳ありません」
「しかし、くそ……。レイニースめ」
冷めた目でこちらを見る、小憎たらしい姪の顔を思い出す。
叔父である自分に向かってああも反抗的なのは、混じった下賤の血と環境がなせる業だろう。
まったく、母親と同じくせめて従順であればいいものを手のかかることだ。
……だが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
何せ、相手はサルムタリア王家の次男だ。
私にしても、貧乏伯爵家の次男坊などと背後で嗤われることもなくなるだろう。
その為に、今回の
こちらの事前調査では、あの娘がレイニースであることはほぼ間違いないだろうと考えていたが、直接対面してそれが確信に変わった。
顔つきや声色、髪色はあのメイドの面影があるし、灰色の瞳はクラウダ一族の特徴でもある。
さらに言うと、もはや、あの娘が本当にレイニースかどうかなど関係がないところまできているのだ。
……前金はすでに受け取ってしまっているのだ。
たとえ、あの娘が本当に当家と無関係だったとしても、引き渡す必要がある。
レイニースでなかったとしても、先方の求めている『商品』はあの女なのだ。
相手はたかだか冒険者、いくらでも手の打ちようはある。
そう考えていたところで、馬車が止まった。
大きく息を吐きだし、馬車に備えられた鏡でさっと身なりを確認してから、馬車を降りる。
計画通りに行かなかったことが悔やまれるが、仕方あるまい。
サルムタリアキルトを羽織り、武装した男たちが、降り立った私に怪訝な目を向ける。
ドゥナでも目を引く、この大きなサルムタリア風の建物は、ある一人の男のために用意されたものだ。
──サルムタリア王国第二王子、マストマ。
サルムタリアにおいて王位継承権を争う次期国王候補の一人であり、その実績を『冒険』に求める変わり者だ。
それが故に、冒険者などをしているレイニースなどを所望するのだろうが。
「クラウダ伯爵家からの使者、ブラン・クラウダだ。マストマ様に取り次いでくれ」
「入レ、通スイイ、聞イテル」
片言のウェルメリア語で対応した兵士が、扉を開けて促す。
「お前たちはここで待て」
「は」
護衛騎士を残して、屋敷の中を進む。
真っ白な漆喰が均一に塗られた屋敷の中は異国そのもので、飾られる調度品もまるでウェルメリアとは違う。
鼻につく妙に刺激的な香りは、一体なんだろう。
ウェルメリア人にとって毒などでなければいいが。
「こちらへどうぞ」
流暢にウェルメリア語を話す軽装の男に案内され、屋敷の中を歩く。
その目にちらつくのは、宝石と金の調度品の数々。
道楽がてらの冒険で使う仮宿に、一体いくらの金をかけているのか。
そんな事を考えながら奥まで進むと、天窓のある円形の部屋へと到着する。
独特の紋様の絨毯が敷き詰められたその部屋の中央には、足のない巨大なクッションのようなソファが置かれていて、そこへ沈み込むようにしてこの屋敷の主が
周りには、数人の見目麗しい女性たちがあられもない格好で、うっとりとした顔で侍っている。
「よく来た、ブラン。それで? モノはどこだ」
浅黒い肌の美丈夫が、期待を乗せた視線をこちらに向ける。
「その件なのですが、いましばらく時間を頂戴したく……」
「さて、そろそろ約束の期日と思うがな?」
上機嫌な様子から、突然の急降下。
冷え冷えとした気配を放ちながら、第二王子がこちらを見る。
「冒険者などをしておりますれば、少しばかり気性が荒く、本日、マストマ様の元に参るぞと声をかけましても、魔法で頬を撃たれる始末でして」
「女が男に手をあげるか。ウェルメリアという国は、どこまでも暗愚よな」
心底見下した風にため息をつく第二王子。
「教育がなっとらんのではないか?」
「は、はは、まさにその通りで。早急に、準備いたしますので今しばらくお待ちくださいませ」
「まあ、よい。あの娘には、他の妻にはない使い道があるからな」
マストマが何か言っているが、気が気でない。
胃痛を通り越して、胃液が喉を焼くようなプレッシャーだ。
「のう、ブランよ」
「は、はい」
「レイニースの周りの女も一緒に手に入らんか?」
「は……?」
何を言っているのだろう。
レイニースはともかく、他の女もだと?
「金は三倍……いや、五倍だそう。家格が無ければ妃にはできんが、使い道はある」
「そ、それは……」
冗談ではない。
レイニースであれば、クラウダ家の庶子として
素性もわかったものではないし、なまじそれを実現できたとしても。それではまるで人攫いだ。
伯爵家の次男である自分がそんなマネできるはずがない。
……いや、待てよ。
あのユーク・フェルディオとかいう男を排除し、何とかしてパーティごと手に入れればいい。
所詮、冒険者など管理された浮浪者のようなものだ。手に職もたぬ者が、金に困って就く仕事に過ぎない。
大した後ろ盾もないのだ、クラウダ家の……貴族の権力をもってすれば、手に入れるのは容易い。
指名依頼だなんだと適当に理由をつけて、この第二王子の元に連れてくれば後はなんとでもなる。
冒険者が依頼中に失踪するのはよくあることだしな。
「何とかして見せましょう。しばしお待ちください」
「うむ。では下がれ」
畜生を払うような仕草で退席を促された私は、多少の苛つきを覚えながらも第二王子の屋敷を後にした。
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