第31話 多重崩壊型魔法式と淘汰
「ユークさん? 大丈夫ですか?」
「ああ。問題ない」
気が付くと、俺は近くにあった椅子に座っていた。手を握ったまま、俺の顔を覗き込むシルク。
どうやら、うまく現実世界への帰還を果たしたようだ。
「なにか、わかった?」
「ああ。この魔導書はどちらかというと技術書に近いみたいだ。著者は『多重崩壊型魔法式』というものを研究していたらしい」
「なに、それ」
レインが目を輝かせる。
「複数の魔法を連鎖反応させるための技術、かな。俺の〈
「なる、ほど……!」
この説明だけでレインは本質を理解したようだ。
本に触れて理解した『多重崩壊型魔法式』という技術は、ドミノ倒しのようにたくさんの魔法式を『始動、崩壊、再構成』しながら一つの結果に向かって走らせるもので、時間と制御の問題はあるものの、非常に大きな結果を魔法で引き出すためのものだった。
「それはなかなか興味深いの」
「モリアさん、そっちの解読は終わったんですか?」
「うむ。これは、歴史書のようなものじゃの。この『グラッド・シィ=イム』がこうなるまでの顛末も記されておったよ」
ルンを椅子に座らせて、モリアが語り始める。
『グラッド・シィ=イム』はとある世界にあった国の王都であるらしい。
かの世界は天地に多くの神が住まう地でもあったらしく、どこか人間的な神々はときに人と争い、時に人と愛し合いながら時代を紡いでいたという。
そんな中、『斜陽』と呼ばれる世界の崩壊──つまり『淘汰』が訪れた。
それは当初、歴史上何度か見られた神同士の争いのように見えた。
人間にとっては天災に他ならないが、それでもこれまでにも何度かあった事。
そう大きな問題ではない、と当事者たち以外は考えていた。
だが、この争いこそ『斜陽』の始まりだった。
神から神に波及した戦は世界全土を巻き込んだものとなり、その神を奉ずる人間同士の争いともなった。
神が傷つき倒れる中で世界のバランスが崩れ始め、やがて空は昼でも夜でもない黄昏を写したままとなったという。
「……この世界の神は『精霊』と同じモノだったのかもしれませんね」
「記録を見るに、その様じゃ。世界のシステムが神々によって統括管理されていたらしいのう」
シルクの言葉にモリアが頷く。
狂った精霊は周囲の環境を歪めることが多い。
それがどうしようもないくらいの世界規模で起これば……淘汰ともなるか。
「『グラッド・シィ=イム』の住民やヴォーデン王は、魔法に長けた人間だったようじゃ」
「魔術師ってことですか?」
「そんな単純なこととも思えぬが、ともかく……崩壊する世界からの脱出を計画したらしいの」
ここにきて、魔導書の内容と目的が合致した。
「それで、か」
「どうした、ユーク殿」
怪訝そうなモリアに小さくうなずく。
「この魔導書に描かれていた魔法は……有体に言えば、『願いを叶える魔法』です」
「なんと。次元越えの魔法でも、集団退避の魔法でもなく、か?」
「普通に考えればそうですよね……」
だが、この魔導書を書いた魔術師はそうではなかった。
問題の根本的解決を……淘汰を乗り越えることを考えていたのだ。
しかし、時間とリソースの問題から、全ての要件を満たすには至らなかったのだろう。
──彼は、“黄金”を使って『ただ一つの願い』を叶えた。
結果として、『グラッド・シィ=イム』がこのような有様になったとて、目的を果たしたのだ。
「それで、その魔法とやらはどうなったのじゃ」
「十分な効果を得られませんでした。いえ、願いそのものは叶えられましたが。とりあえず、詳しい話は戻ってからにしましょう」
「そうじゃな。儂としたことが知識の森に居るからと気を緩ませてしまっておったわ」
得体のしれない迷宮の、初めて踏み込む場所なのだ、ここは。
必要な情報と資材は得た。まずは、これを持ち帰らねばならない。
そう考えたところで、資料室の扉が開く。
身構えたが、姿を現したのはミリアムと『カーマイン』の面々だった。
「ここにいたんやね? 何や見つかった?」
「いろいろとわかったようだ。我々『スコルディア』と『クローバー』は成果を持ち帰るために撤退するが、そちらはどうする」
ルーセントの言葉に『カーマイン』のリーダーであるマローナが、少し考えてから口を開く。
「あてらも撤退するわ」
「『フルバウンド』は?」
「奥に踏み込んでいきはったで? 止めたほうがよかったかえ?」
それはどうだろうか。
些か軽率とは思えなくもないが、『ドゥナ』代表としていいところを見せようという気持ちもわかるし、この先の先行調査をしてくれるなら、それはそれでありがたい。
彼等とてBランクの実力を持つ冒険者だ、そう迂闊なことはしまい。
「いいえ、任せておきましょう。それよりもこちらは子供もいます。早いところ、キャンプに戻りましょう」
「だね。追いかけるにしても、ルンちゃんは連れていけないよ!」
マリナの言葉にうなずいたマローナがニコリと笑う。
「賛成やわ。帰りはあてらも護衛につくさかい、安心しい」
「ありがと! マローナさん」
「ええんよ。さ、いこうか」
マローナさんが振り返って頷くと『カーマイン』のメンバーが素早く、廊下の状況確認をしに出て行った。
きびきびとしていて、冒険者というよりもどこか騎士っぽい。
「ロゥゲは……いないか」
途中から姿が見えないと思っていたが、案の定その姿はどこにも見当たらなかった。
何を考えているかわからないが、あの様子だとまた姿を見せてくれるだろう。
「ユーク殿、戻ったら情報のすり合わせをしてもらっていいかね?」
「もちろんです、モリアさん」
「ユーク、ボクも。魔導書の中身、教えて」
確かに、この魔導書の内容はレインにも詳しく説明した方がよさそうだ。
一方、マリナはルンを肩車してくるくると回っている。
「あたしはルンちゃんとお風呂にはいろーっと」
「わたしもご一緒するっす!」
「うん! おねーちゃんと一緒に入る」
ルンも楽しそうだしいいか。
さて、きっとここからが本番だ。
帰ったら忙しくなるぞ……!
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