第32話 『斜陽』と『黄金』

『グラッド・シィ=イム』から帰還して二日後。

 俺とレイン、そして『スコルディア』の知恵者であるモリアは、ベディボア侯爵をはじめとした依頼主たちをギルド会議室へと集めた。

 本来、高位貴族でもある依頼主たちを呼び出すのもどうかと思うのだが、今回の件はあまりにも内容が重い。


「つまり、あの迷宮は異世界の都市で、特別な魔法を使って我々の世界へを敢行したということかね?」

「有体に言えばそうなります。本来、人ひとりを異世界にねじ込む魔法を改造して、都市ごとの移動をはかったようです」


 俺の説明に、ベディボア侯爵が首をひねる。


「住民は消え失せ、奇怪な魔物が闊歩しておるようだが?」

「……あの魔物たちこそが、『グラッド・シィ=イム』の住民なのです、閣下」


 地下水路で見つけた手記、住宅で手に入れた日記。

 そして、大図書館で読んだ日々の記録書。

 これらから、かの世界の顛末がわかってきた。


 かの世界を支えていた神々の全てが争うこととなった『斜陽』。

 それによって滅びゆく世界から、神の一柱であり王でもあったヴォーダン王は自らの国、『グラッド・シィ=イム』を救済しようとした。

 崩れゆく世界に見切りをつけて、新天地を目指す。


 この判断を下したヴォーダン王もすでに狂っていたのかもしれない。


 なにせ、そんなことできようはずもないのだ。

 ……いや、『できる』『できない』で言えば、おそらく

 例えば、俺達の世界がそうなったとして、一部の人間はこの世界から逃げることが可能だろう。俺達のような冒険者がその筆頭だ。


 『無色の闇』を突破し、最奥の『深淵の扉アビスゲート』を超える。

 俺の考えが正しければ、それで世界を超えることができるだろう。


 だが、それには危険が伴う。

 冒険者全員が目指したとして、最奥に至れるのは一割かもっと少ないか。

 一般人ともなればまず不可能だろう。


 それゆえに、狂った手段を取らざるを得なかったのだ、王は。

 不可能を歪んだ可能にするために。


「人間性を、犠牲にしたんです」

「どういうことだね?」

「俺がヴォーダン城の大図書館で触れた魔法は、かなり大掛かりで、特殊で、正気の沙汰とは思えないものでした」


 口に出すのが憚られる方法だ。

 このおぞましい魔法について、過不足なく説明できる気がしない。


「ユーク、大丈夫。ボクも、補足する」


 隣に座るレインが、俺にうなずく。

 別のソファに座るモリアも、こちらにうなずいた。

 直接あの魔法に触れたのは俺だ。俺が説明をするべきだろう。


「『黄金』を媒介にした、大規模なだと推測されます」

「『黄金』? 『置換魔法』? 二つとも聞き覚えのない魔法だな。ボードマン君はどうかね?」

「私もわかりませんな。まあ、説明を聞きましょう。まず、『黄金』について頼めるかな?」


 ボードマン子爵にうなずいて、俺は袋から例の指輪を取り出す。

 そう、『グラッド・シィ=イム』の魔物モンスターが持つ金色の指輪だ。


「これが、『黄金』……の一端、というか説明が難しいのですが、黄金そのものでもあるものです」

「そのもの、とは? 魔物からの拾得ドロップ品としてそれなりの数があると聞いているが?」

「はい。それらは個別でありながら、全て同じであり、一つでもあるのです。レイン、あれを」

「うん」


 レインが正方形の水晶版を備えた、細い万力のような魔法道具アーティファクト魔法の鞄マジックバッグから取り出す。


「これは、王立学術院うちで作っていたものですね?」

「ええっと、はい。これを、みてください」


 魔法道具アーティファクトに指輪を添えて、小さく魔力を流すレイン。

 備え付けられた水晶版に、ノイズと共に映像が映し出される。


『今日も空は赤いまま……。あたしたちはどうなっちまうんだろね』


 一人称視点でくるりと視界が動く。

 水晶版に映るのは『グラッド・シィ=イム』の大通りの様で、人々が行きかっているのが見えた。


「これは、俺達を襲った蛹のような魔物モンスターの体内から発見された指輪です」

「指輪が魔石のような映像媒体だというのかね?」


 最初は俺もそう思っていたが、もっと性質が悪いものだった。


「いいえ、閣下。この指輪に記録されているのは……人間そのものの情報です」

「まさか……」


 狂気に満ちた発想だった。

 きっとヴォーダン王はすでに『斜陽』に冒されていたのだと思う。


 人の身で次元渡りがなせぬなら、人でなければ良いのだ。

 意志持つ魔石である超巨大な『一つの黄金』。

 それから生み出された『金の指輪』を民に王は与えた。


 そう、かの王は『グラッド・シィ=イム』を救済するために、民の人間性を指輪に補完した。だが、完璧ではなかった。

 『願いを叶える魔法』の媒体となった『一つの黄金』も、また『斜陽』により歪み、王都同様に狂っていたのだろう。


 それでも、魔法は未完のまま発動され……かくして、『グラッド・シィ=イム』は『斜陽』という未曽有の淘汰を保ったまま、次元を渡った。

 俺たちにとって幸いだったのは、発動された魔法が未完成であったために『グラッド・シィ=イム』が迷宮ダンジョンとして顕現したということだろう。

 おかげで、俺たちにはこの『淘汰』に対する時間というアドバンテージを得ることができた。


 ここまでを説明してベディボア侯爵を見ると、彼は難しい顔で考え込んでいた。


「話はわかったが、結局……アレをそのままにしておくとどうなる? 勇者殿よ」

「ここからは事実でなく推測となりますが、おそらく全土が迷宮に飲まれます。『斜陽』の光によって精霊力が歪み、ヴォーダン王国となった場所は『黄金の呪い』が生物の存在を蝕むでしょう」

「つまり、なにか? 放っておけば、この世界の全てがあの得体のしれない化物がうろつく世界に変わるということか?」


 それに俺はうなずく。

 これは、モリアやレイン、それにシルクとともに出した結論だ。


「各地へAランク冒険者の招集を呼びかけよう」

「そうした方が賢明かと。もう手段を選んでる場合ではありません。少なくとも『斜陽』の溢れ出しは始まっています」

「うむ……猶予がそうあるとは思えんな。『クローバー』にも引き続き攻略を要請させてもらうぞ。ユーク・フェルディオ、君には〝勇者〟としての義務と権利が付与されている。王国の為に尽くしてくれ」


 侯爵の言葉に「はい」とだけ答えて、席を立つ。

 それに倣って、レインとモリアもだ。


「あんた、その目……切り札を持ってるね?」


 静かに事の成り行きを見ていたマニエラが、鋭い視線で俺をちらりと見る。

 相変わらず鋭い御仁だ。


「できることをしますよ」


 軽くそう返して、俺はギルド会議室を後にした。

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