第24話 古の伝説と指名依頼
「それで……確かに『淘汰』と言ったのかね?」
「はい」
ヒルデの顕現から一週間後。
現在、俺はドゥナ冒険者ギルドの応接室にて、王立学術院の院長であるベディボア侯爵から直々の聞き取りを受けている。
ボードマン子爵とマニエラと内容を相談・協議した結果、王立学術院へ
「映像などはないのかね?」
「生憎、突然の事でしたので」
「いや、責めるわけではない。できるだけ生に近い情報が欲しかっただけなのだ」
国の中枢に近い大貴族が、俺に軽く笑う。
本来なら直接顔を合せることすら難しい相手に気を遣わせてしまうなんて、どうにも居心地が悪い。
「あの、質問をしても?」
「もちろん。もし、爵位の事を気にしているなら今は気にしないで良い。委縮して現場の声が聴けない方が損失だ」
「『淘汰』とは何なんです?」
「むう」
俺の質問に小さく唸ったベディボア侯爵が、口を開く。
「ま、君には伝えておくべきだろう。何せ選ばれたのは、君なのだからな」
不審な言葉を口にしつつ、侯爵は鞄から一枚の図面のようなものを机に広げた。
絵のように見えるが、余白部分には注釈のような文字がずらりと書きこまれている。
「これは?」
「王家の地下にある古い壁画の写しだ。先代院長……つまり私の父が研究していたものでな、『淘汰』について描かれたものらしい」
広げられた絵をまじまじと見つめる。
黒く巨大な獣と、それに立ち向かう人々が簡略化されて描かれており、古代文字も書かれている。
レインなら読めるかもしれないが、俺には少し難しいな。
「父によると、『淘汰』とは世界の選別であるらしい」
「選別ですか?」
「うむ。異世界や並行世界の存在が示唆されているのは知っているかね?」
侯爵の言葉に、頷く。
『無色の闇』に潜った俺は、それを実感として記憶している。
あそこは、まさにそういったものの収束点だ。
「増えすぎた世界を選別するための大規模現象を『淘汰』と呼ぶらしい。対処できなければ、世界そのものが滅ぶ……という話だ」
「そんな……!」
情報の重みに心がついていけない。
あの奇妙な迷宮がそれほどの大事とは、どうにも思えないのだ。
目を逸らしているという自覚はあるが。
「ただ、話を聞くに……今回の件は恣意的なものを感じるな。自然、というのもおかしな話だが、我らが世界にもたらされたものではなく、件の『黄昏の王都』から押し付けられたもののように思う」
「はい。ヒルデの話ではこの世界に持ち込んでしまった、という意味に聞こえました」
「何にせよ、『淘汰』は訪れてしまった」
重い空気が二人きりの会議室に満ちる。
この場にせめてマニエラがいてくれればと思ったが、サシでの聴取は侯爵閣下の指示だ。
「さて、この件だが……君に頼ることになる」
「はい?」
「名を指されたのだろう? で、あれば……君こそが此度の『淘汰』の中心となる」
「どういうことです?」
「『淘汰』の到来にあたり、世界はその防衛のためにカウンター手段を示すと伝えられている。これを見たまえ」
壁画の写し、その一点を侯爵が指さす。
その絵の中では剣を持つ人物が、軍勢の先頭に立って黒い巨獣に立ち向かっていた。
「〝勇者〟だ」
背筋がぞくりとした。
背負わされそうになっているモノの重たさに、思わず目を見開く。
冗談ではない。
「勘弁してください」
「そうもいかない。ユーク・フェルディオ」
圧力を秘めた笑顔を浮かべて、ベディボア侯爵が俺を見る。
「幸い、君はAランク冒険者だ。資格的にはゴリ押しが利く立場ではある。実績も十分だ。ついでに言うなら話題性もな」
「待ってください。責任が重すぎます」
「誰かがやらんといかんのだ。そして、誰でもいいというわけでもない」
笑顔をはりつけてはいるが、目は笑っていない。
そして、助けを求める相手もいない。
これを見越してのサシ聴取か。
「君がやらんというなら、君以外のメンバーをAランクに召し上げて頼むことになる」
その脅し文句は卑怯が過ぎる。
思わず、大貴族であるということを忘れて、侯爵を睨みつけてしまう。
「おっと、少しはやる気が出たかね? サーガの若い時に似ているのに、彼に比べると君は少しばかり後ろ向きすぎる」
「叔父をご存じなんですか?」
「古い友人さ。直感と自信に溢れた男で、それを証明するに足る実力をもったいい冒険者だった」
しみじみと語る侯爵の目が俺に向けられる。
「彼なら、快く引き受けてくれるんだろうがね?」
「……」
これも卑怯だ。
師と仰ぐ叔父を引き合いに出されてしまっては、冷静さを保つのはなかなかに難しい。
しかし、だ。俺に叔父ほどの実力があるとも思えない。
何より、こんな事にあの娘たちを巻き込むのは、リスクが高すぎる。
俺一人ならともかく、だ。
「真面目な話、引き受けてくれるとありがたい。できるだけのサポートもつける」
「俺に期待しすぎでは?」
「直感さ。それに、異界の使徒に名を示されたのだろう? 君は指名依頼を受けたんだよ……Aランク冒険者、ユーク・フェルディオ」
その言葉が、すとんと心に落ちた。
この侯爵は、冒険者というものをよく理解しているらしい。
「少し考えさせてください」
「いいとも。だが、返答は早い方が好ましい。わかるね?」
「はい」
頷く俺に、ベディボア侯爵が口角を上げる。
こちらを見透かしたような様子だが、嫌な気分はしない。
「君にしかできないことがある」
「仲間と相談します」
「そうしたまえ。ま、私の勘が正しければ、君の迷いはすぐに晴れることになるよ」
そう笑うベディボア侯爵に深々と頭を下げて、俺は応接室を後にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます