第23話 少女と警告

 あの子、というのは初回攻略時に『グラッド・シィ=イム』で保護した女の子だ。

 現在も素性が知れず、俺たちのコテージで再び預かっていたのだが……何が起こったっていうんだ?


「ヘンってなんだ?」

「こう、光って……」

「光って!?」


 走りながら確認する状況は、どうにも要領を得ない。

 百聞は一見にしかず。とにかく、現場を確認するしかない。

 コテージに飛び込むと、確かに何とも表現しにくい状況がそこで起きていた。


「どう、なってるんだ……」


 少女が目を閉じたまま宙にふわりと浮かび上がっていて、その輪郭はぼんやりと光っていた。

 宗教画に見る天使降臨のような様相だが、漏れる光は『グラッド・シィ=イム』を照らす黄昏と同じ色をしている。そして、その気配も。


「ユーク!」


 レインとシルクが駆け寄ってくる。


「状況は?」

「わかん、ない。急に、こうなった」

「はい。わたくしも、きっかけはなかったように思います」


 目を閉じたままだった少女の瞼がゆっくりと開く。


「……待っていました。ユーク・フェルディオ」

「……!」


 これまで言葉を口にしなかった少女の口から、静かな声が発せられる。


「わたしはヒルデ。黄金の乙女の一人。少しばかりの時間に、必要なだけの言葉を口にします」

「……!」

「残された時間はそう多くありません。あなた方の世界は、いま『淘汰』の危機にさらされています」


 『淘汰』?

 言葉的な意味は『選択』と同義だ。

 ただし、選択権の与えられないものであるが。

 適応できる者が生き延び、適応できぬ者が滅びる……そういった、人知の及ばぬ神々の選択。


「わたし達の世界が、あなた方を滅ぼす。ですが、これは不自然なことです。引き起こされたことです。忌むべき所業です。それ故に、わたしはここにあり、あなた方へ選択肢を示します」

「一体何の話をしている?」

「『グラッド・シィ=イム』を見たのでしょう? あれがこの世界を覆い尽くします。黄昏と歪み肥大化した意志だけがやがて世界を覆い尽くすでしょう」


 話が突飛すぎてついていけない。

 だが、これは重要で危機的なことだと俺の直感が告げている。


「ロゥゲを探しなさい。あの者は全てを知っている」

「何度かは会った。だが、何も教えちゃくれない」

「語らせるのです。あの者は狂っている。狂っているが故に、意志を保ったのです」


 確かに、最初から狂っていたから──と言っていたな。

 それがあの世界と何か関係があるのか?


「どうして、ボク達に、教えて、くれるの?」

「過ちを、繰り返さないために」


 ヒルデが無表情なままに、そう告げる。


「過ち?」

「滅ぶべきでした。わたし達は。でも愚かな王は、無知なる民衆は、それを受け入れられなかった。コントロールすべきでないものを、コントロールしようとしてしまった」


 一拍おいて、続ける。


「そして、永遠を『黄金』に願ってしまった」

「『黄金』?」

「そう。人が触れてはならぬ物。呪いの万能器。全ての願いを叶え得る世界樹の実」

「そんなものが……」


 しかし、それにしても……あの不気味な都市を形作る願いというのは何なんだ。

 およそ、人が望む世界ではあるまい。


「……そろそろ、ですね」

「そろそろ?」

「ユーク・フェルディオ。黄昏の王を止め、黄金を破壊しなさい。さもなくば、この世界もまた、黄昏に飲まれることとなります」


 輪郭の光が徐々に弱まっていく。


「わたしたちの罪を、どうか──……」


 光と共に声が消えゆく。

それと同時に、空に浮いていた少女の体はゆっくりと下降し、床につま先が付いたと同時に崩れ落ちた。


「おっと」


 それを受け止めて、小さく息を吐きだす。

 さっきの話が本当なら、かなり大事になるぞ。

 俺達のような、いち冒険者に抱え入れるレベルの話じゃない。


「……ぅん」


 ぐったりとする少女が、パチリと目をあける。


「大丈夫か?」

「……はい」


 返答に、思わず固まる。

 先ほどとはまた違う、幼い声が少女から発せられたからだ。

 これまで一言も発することがなかったというのに。


 立ち上がった少女が、ペコリと頭を下げる。


「えっと、改めて……よろしくお願いします」

「あ、ああ」


 これまでと、そして先ほどとも違う少女の様子に戸惑いながら、俺は観察を続ける。

 おそらく、レインもシルクも同じく、彼女が何者か調べるべく感覚を鋭くしているはずだ。

 ヒルデの気配が去った後も、あの黄昏の気配がこの娘から消えない。

 正体はわからないが、ロゥゲ同様に『グラッド・シィ=イム』の関係者と見るべきだろう。


「しゃべれるようになってよかったね! えーっと……」

「ニーベルン、です」

「じゃあ、ルンちゃん! 体は何ともない?」

「はい。大丈夫です」


 唯一、あっけらかんとして話しかけたマリナのおかげで、重要な情報を得た。

 この少女の名前はニーベルンというらしい。


「さっきまでの事は、覚えてるかな? ヒルデの名前に聞き覚えは」

「えっと、ごめんなさい。何も……」


 俺の質問に少女が困った様子で首を振る。ヒルデのことは記憶にないか。


「四人とも、ここを頼むよ。俺は指令所にもう一度行ってくる」


 そう告げて、俺はマニエラとボードマン子爵が詰める指令所コテージに向かった。

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