第22話 鑑定結果と再依頼

 『グラッド・シィ=イム』での一日がかりの初見調査を終えて、俺達はキャンプに帰還していた。


 『ウォーダン城』は庭園や訓練場、厩などを擁する外郭部と、城そのものである内郭部からなっており、一通り調査をしたが内郭部への進入口は見つけることはできなかった。

 入り口らしきものはあるのだが、いかなる手段……例えば、〈高位開錠ハイアンロック〉を以てしても扉を開けることはできず、他の入り口も見つからなかった為に結局引き返すこととなったのだ。

 ロゥゲの口ぶりからして、内部への進入口があるとは思うのだが、見つからないものは仕方あるまい。

 その老人ロゥゲであるが、やはり今回も配信には映っていなかったようだ。

 声も姿もなく、ただ俺達が映るのみでその不気味さが際立つ結果となった。


「初見調査としては上々さ。あんたは記録ログもまとまっているし、いい仕事をしてくれた」

「学術院としてもいい資料が取れました。助かりましたよ、ユークさん」

「いえ、お役に立ててよかったです」


 翌日、マニエラとボードマン子爵に指令所コテージに呼び出された俺は調査依頼の達成を告げられた。

 確かに、初見調査をこれ以上引き延ばすのもどうかとは思うし、ここからは人海戦術が有効な段階だとも思う。

 ただ、いくつか引っかかる点がある。

 そんな俺の心中を察してか、ボードマン子爵が口を開いた。


「まぁ、立ち話もなんだ。座ってくれたまえ」

「はい」


 椅子をすすめられた俺は、やや緊張しながら促された席に着く。

 王立学術院から派遣された現地統括者であるボードマン子爵は、何冊も本を出しているダンジョン調査の専門家だ。

 フィールドワークもこなす現場主義者でもあり、初老の年齢ながらAランク資格すら持つ現役冒険者でもある。


「そう緊張しないでくれ。我々は冒険者仲間でもあるのだ」

「とんでもない。俺の迷宮知識の半分くらいは子爵の著書から得たものなんです。頭があがりませんよ」

「現場の役に立っているなら、嬉しいね。さて、この迷宮ダンジョンなんだが……おそらく、封印指定となると思う」


 苦々しい顔で、ボードマン子爵が告げる。


「そうなんですか?」

「マニエラとも話し合ったんだけどね、一般開放するには特殊性が強すぎるんだ。それに、君たちが持ち帰ってくれた魔物モンスターの素材についても精査が終わったんだが……」


 眉をしかめながら一枚の紙を差しだすボードマン子爵。

 それは、オークションなどで使用される正式な鑑定書だった。


「やっぱり、そうでしたか」

「驚かないんだね?」

「マリナ──うちの侍なんですけど、人を切った感触がすると言っていたので」

「それも、そうか」


 鑑定書には、取得した魔物素材が『人間か、それに近い生物に由来する』と記載されていた。

 あの鎖男が残した鎖も、蛹の甲殻も、分類上は『人間』であったということだ。


「アンデッドや変異性の魔物モンスターかもしれないが、あそこで出現する魔物モンスターが全て人間と仮定した場合、軽々と一般冒険者を入れるわけにいかなくなったんだ」


 それはそうだろう。

 あれらが外部から入った人間だとして、何が原因であのような変容をしたのかわからない以上、迂闊に一般冒険者を入れれば被害の拡大や溢れ出しオーバーフロウを招く可能性がある。

 そう考えれば、俺達はかなりリスキーな場所に行っていたわけで、今更になって背筋がうすら寒くなった。


「子爵様、マニエラさん。実は記録ログにも残していないことを一つ、報告させてください」


 ここにきて、やはり黙っているわけにはいかなくなった。

 魔物モンスター素材が人間だということが判った以上、マリナの感覚センスは正確だったということになる。


「……つまり、壁や床も人間素材だということかね?」

「そんなバカな話があるのかい……?」


 ボードマン子爵とマニエラが驚いた様子で、俺を見る。


「実は、それもあって迷宮にあった建物の一部を持って帰っています。昨日提出した中に入っていたと思うんですが」

「あんた、それを早く言いな!」


 マニエラが手を打ち鳴らして近くにいた職員を呼び寄せる。


「持ち帰り品の鑑定は全部終わってるのかい? 板やら岩やらあったろ? アレの鑑定は終わったのかい?」

「いえ、正式鑑定にかけるのは明日と言ってましたが」

「なら今すぐ鑑定師の尻を叩いて起こしてきな。ちょっぱやだ」

「は、はいィ!」


 苛立った様子のギルドマスターに恐れおののいた職員が、駆け出していく。

 これは悪いことをしたかもしれない。


「それと、あの金の指輪ですけど、レインが何か掴んでるみたいです。確かなことがわかるまでは……と、教えてもらえてませんが」

「あれについても、謎が多い。鑑定にかけても『謎の材質で出来た魔法の指輪』ということしかわからなかったからね」


 王立学術院や冒険者ギルドの抱える『鑑定スキル持ち』の鑑定精度は高い。

 俺のように現場鑑定をする錬金術師などよりもずっと深いところまで魔法道具アーティファクトや財宝を鑑定することができる。

 オークションなどにかける時、誰が鑑定したかはその商品の値段を大きく釣り上げることがあるくらいだ。


「おっと、重要な話を忘れていた。君達『クローバー』なんだが……このまま、『グラッド・シィ=イム』の調査要員としてしばらくドゥナに留まってもらいたい」

「これは、ギルドからも正式な依頼として要請させてもらうよ」

「そうなんですか?」


 てっきり、仕事が終わればフィニスへ帰れるものだと思っていたが。


「封印指定をするためにも、まだ何度か内部調査は必要なのさ。ドゥナでも腕利きを集めはするけど、あいにく迷宮経験のある連中は少ないんだ。それに、あんた達はカンがいい。例のロゥゲってジジイの話もある。封印が確定するまでは留まっておいてほしいね」

国選依頼ミッションなら、仕方ありませんが」


 そう軽く、かまをかけてみるとマニエラとボードマン子爵が軽く苦笑した。


「抜け目ないね。ボードマンを通して国から打診をもらうとするよ。それでいいね?」

「すぐに〈手紙鳥メールバード〉を飛ばしておくとするよ。……指輪の件は何かわかったら教えてもらえるかな?」

「はい。では、一旦コテージを引き払ってドゥナへ戻りますね」


 ボードマン子爵とマニエラに一礼して席を立つ。


「『歌う小鹿』亭は話つけてあるからそのまま逗留しな。何かあれば、アタシから訪ねていくよ」

「わかりました。それでは」


 再度頭を下げて、指令所コテージを後にするとネネがこちらに駆け来るのが見えた。

 軽く手を上げると、全力疾走らしいネネが俺の前で器用にぴたりと止まった。


「ネネ? どうしたんだ?」

「た、大変っす」


 息を切らしたネネが、俺達のコテージを指さす。


「あの子が、ヘンになっちゃったっす!」

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