第16話 屋根裏部屋と街の景色

「終わったか」


 小広場を注意深く確認し、活動を止めた蛹に近寄る。


「マリナどうだった?」


 俺の意図するところを理解したマリナが黒刀をじっと見つめる。


「やっぱり、人間だったかも」

「そうか」


 この異形が人間であるとは思えない。

 しかし、どこか人であったような気配もあるのだ。

 よくよく見てみれば、ところどころにある突起は人の指に見えるし、耳や鼻のような部位も見つけることができた。


 気味の悪さを感じながらも、蛹の魔物に解体用ナイフを入れる。


「また、これか……」

「魔石の代わりなのかな?」

「どうだろうな」


 マリナの言葉に、少し思考を巡らせる。

 魔石と指輪ではまるで違うと思うが、四体全てから見つかったところを見ると、あながち間違いではないかもしれない。

 ともあれ、この迷宮における魔物の共通点でもある。

 指輪の正体も含めて調査が必要だろう。


 蛹の死体を魔法の鞄マジックバッグに回収し、周囲の建物を確認する。


「あの建物にしよう」

「っす」


 小広場から伸びる辻の途中、小さな花壇がある背の高い煉瓦造りの建物を目指す。

 先程のこともあり警戒しながら進んだが、魔物と遭遇することなく到達することができた。


「鍵はかかってないっすね」


 鍵と罠を確認したネネが注意深く扉を開けて、中を覗き込む。


「敵影なしっす」


 うなずいて、内部に踏み込む。

 一階部分は狭いエントランスになっており、中央に上り階段、両サイドには扉が一つずつ。


「アパートメントでしょうか?」

「かもしれないな」


 一般的な住居にしては広いし、造り的には複数の人間が暮らせる仕様だ。


「扉の先は確認するっすか?」


 少し考えて、首を横に振る。


「気にはなるが、まずは当初の目的を果たそう」

「了解っす。先行警戒をかけるっす」


 俺たちを手で制して、階段を音もなく上っていくネネ。

 こうも普通の家のようだと忘れてしまいそうになるが、ここも迷宮ダンジョンの中だ。


 しばしして、ネネの声。

 家屋の中に魔物はいなかったらしい。


 一歩ごとに小さく軋む階段を上り、同じ構造の2階、3階を過ぎて一番上まで上がりきると、そこは屋根裏部屋となっていた。


 ここだけがワンフロア分の広さをしていて、家具が雑多に配置されている。

 管理人の部屋だろうか?


「天窓があるな」

「外に出られるか試してみるっす」


 梁を使って天井に張り付き、器用に天窓を取り外しはじめるネネ。

 その間に、俺は部屋の中を確認する。


「ユーク、これ」

「ん?」


 一緒に確認していたレインが、一冊の本を指差す。

 その本の上には、例の金の指輪が置かれていた。


 触るのが憚られたので、そのまま『鑑定』を行う。


「魔物から出てきた物と同じものだな」

「ここにも、いた?」

「どうだろう。居たにしても、なんで本の上に……」


 気味悪さを感じつつ、指輪を回収しておく。


「本は……やっぱり、わからずか。回収していこう」

「うん。学術院の人は、言語解明の魔法が、使える。きっと、中身が、わかる」

「そうなのか? 俺も覚えられないだろうか……」

「ボクは、覚えられなかった」


 レインがダメなら、俺もダメな気がする。

 魔法の才能はレインのほうがずっと上なのだ。


「いけるっすよ」


 そうこうする内に、ネネが屋根の上から俺達を呼ぶ。


「うまく外したもんだな」


 外れた天窓から顔を覗かせたネネが、自嘲気味に笑う。


「罠やら鍵に比べたら大したことないっす。窓を外すのも初めてじゃないっすしね」

「街の様子はどうだ?」

「見てもらった方がいいと思うっす」


 そう言って降ろされたロープを伝い、屋根へと登る。


「広いな……」


 眼前に広がる『グラッド・シィ=イム』。

 その景色に思わず息を呑む。


 東西南北にはしる大通り。

 その交差点には円形広場があり、小さな公園のようになっている。

 教会、露天辻、屋根を連ねる居住区もある。


 そして、何より異彩を放つのは、やはり『城』だ。


「城壁の外は靄で見えないっす」

「城壁を境にしているんだろうな。しかし、この広さは……!」


 規模的にはドゥナと同じか、少し広いくらい。

 それがまるごと迷宮だというのだから、驚異的だ。


「見える範囲は頭に入れたっす」

「よし、予定通りに城へ向かおう」

「ルートはどうするっすか?」


 街の景色を見つめつつ、しばし考える。

 ここから大通りに出て、まっすぐ進むのがわかりやすく早そうだとは思うが、魔物に見つかるリスクがある。

 城壁にそって外周を進んでいくルートも考えられるが、こちらは見えない部分が多く、道が複雑になるかもしれない。


「よし、大通りのルートでいこう。シンプル・イズ・ベストだ」

「ここから見たところ、敵影もないっすしね」

「ああ。城が本迷宮メインダンジョンなのか、ただのエリアオブジェクトなのか調べないといけないしな」


 ネネとうなずきあって、俺は屋根裏部屋へと戻った。







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