第15話 小広場の異変と大きな瞳

 階段を上りきり、地下水路の入り口から小広場を確認した俺の目に入ったのは、奇妙な物体だった。


「なんだ、これ……」

「前に来た時はこんなもの、なかったっす」


 高さ6フィートほどの柱状の何かが小広場に四つ、立っていた。

 こげた茶色をしていて、ところどころに突起物がある物体。

 印象としては、昆虫のさなぎに見える。


「どう思う?」


 俺に並んで観察している二人に問いかける。

 レインは〈魔力感知センスマジック〉で、シルクは『精霊使い』の感覚で以てあれを見ているはずだ。


「魔力は感じるけど、ヘンだね。あの、鎖の魔物モンスターに、似てる、かも」

「ええ。同じ意見です。精霊の気配はしますが、かなり異質で……わたくしの知る自然界の精霊ではなさそうです」


 動きはない。

 無いが、観察しているうちに嫌なことに気が付いてしまった。

 よくよく見ると、表面を形作っている部分に、人の腕や耳のような部分がある。

 溶かした人を被っているのか、あるいはのか。


「さて、どうするか」

「やっぱり、魔物モンスターかな?」

「住民にしては個性的ななりだな」


 パーティの安全を預かるサポーターとして、冒険者ギルドに報告された発見済みの魔物は全て暗記している。

 だが、こいつは見覚えがない。

 危険かどうかすらもわからないのが、すでに危険だ。


 強化魔法を全員に付与しながら、まったく動かない蛹を注意深く観察する。


 あれが魔物モンスターで、そして好戦的な捕食者だと仮定して、どんな攻撃が予想される?

 蛹であるからには、羽化するのか?

 中から何か魔物が飛び出してくる?


 自然界にだって、捕食の為に動かない生き物はいる。

 もしかすると、毒液やガスの類を発射するのかもしれない。


「先行するっす。もしかすると非敵性ノンアクティブかもしれないっすし、すり抜けられるかもしれないっす」


 直近の蛹からはそれなりに距離がある。

 戦闘を避けられるのならそれに越したことはない。

 戦うにしても、この狭い位置に留まるのは得策じゃないしな。


「ああ、気を付けてくれ」

「っす」


 地下水路入り口からネネが身を乗り出した瞬間、蛹に切れ目が走り……四つの

 蛹の体長の半分ほどもある巨大な瞳が、ぎょろりとネネを捉える。


「あっ、う……!?」


 俺達の中で最も俊敏なネネの動きが、ぴたりと硬直したように止まる。

 完全に棒立ちだ。


「まずいッ!」


 飛び出してネネを抱え、後方に跳ぶ。


「ひぅっ」


 その瞬間、ネネの鼻先を伸びあがった蛹の巨大な口がかすめて「ガチンッ」と音を鳴らした。


 ネネを抱えたまま尻もちをつく。

 何とも格好がつかない姿だが、ネネが無事ならそれでいい。

 蛹はするすると元の位置に戻って、四体とも再び瞳を閉じた。


「助かったっす……! 死ぬとこだったっす……!」


 腕の中でネネが怯えた様子で猫耳をぺたりと倒す。


「無事でよかったよ。しかし、なんだ、あれは? 大蚯蚓ワームの類か?」

「あの目玉に見られた瞬間、体が固まったっす」


 柔軟な体から繰り出される攻撃は意外と範囲が広い。

 それと、あの攻撃に使っていた口。あれは人間の歯並びだったように思う。

 蛹の人間に似た組成といい、あの口といい、どうにも嫌な予感しかしない。


「すまない、ネネ。危ない橋を渡らせた」

「助けてもらったんで、大丈夫っす」


 起き上がって、もう一度蛹を見る。

 初見の場所から動かず、静かなまま襲ってくる気配はない。

 しかし、このままではここから出ることもできないのだが。


「遠隔で叩こう」

「うん。久々にこれの出番だね!」


 【ぶち貫く殺し屋スティンガー・ジョー】を取り出して、軽々と担ぎ上げるマリナ。


「二射までは同時に可能です。属性矢はどうしましょうか?」

「使ってくれ。そうだな、炎の矢を頼むよ」

「はい」


 矢筒の中から赤い矢尻を備えた矢を二本取り出すシルク。


「ボク、は?」

「氷系の魔法を頼むよ。見た感じ、昆虫の蛹っぽいし、熱変化に弱いかもしれない」

「ん。了解」


 二人に指示を出しつつ、俺も魔法の準備を始める。

 厄介なのはあの視線だ。だが、バジリスクのような視線毒ではないらしい。

 ネネはすぐに動けるようになっていたし、おそらく視線を触媒にした魔法的な何か。


 で、あれば。

 〈目眩ましブラインドネス〉や〈閃光フラッシュ〉で視界を遮ってやれば、あの視線を防げる可能性は高い。今回は二段構えだ。


「俺が先に出て弱体魔法を使う。ネネ、悪いけど俺の安全を任せた」

「っす」

「それを合図に攻撃を開始してくれ」


 そう振り返ると、準備万端な三人娘が頷いて返した。


「おっけー!」

「わかりました」

「まかせ、て」


「よし、出る」


 地下水路の影から飛び出して〈目眩ましブラインドネス〉と〈閃光フラッシュ〉を放つ。

 蛹の瞼が開くのが見えたが、高速詠唱クイックキャストの赤魔道士が早撃ちで負けるわけにはいかない。


 激しい閃光の直撃を大きな瞳に浴びた蛹が奇怪な悲鳴を上げながら蠢く。

 直後、俺は背後に引っ張られてたたらを踏む。


「ふぎゅ」


 背中に柔らかい感触。

 ……っと、戦闘中だ。役得の反芻はやめておこう。


「いくよー!」


 マリナが放った【ぶち貫く殺し屋スティンガー・ジョー】の矢が蛹をやすやすと貫く。

 鉄鎧の胸甲すらやすやす貫通するのだから、蛹もたまったもんじゃないだろう。


 それと別の個体二体は、すでに炎に包まれていた。

 炎の魔力を宿した魔石を加工した矢尻を備えた【炎の矢】は、着弾点を発火させる性質がある。

 見てる感じ、炎の効果は高いようだ。


「いく、よ……!」


 丁寧に編まれた魔法式がほのかな光を伴って空に吸い込まれていく。

 直後、氷雪を伴った超低温のダウンバーストが強風となって吹き荒れ、小広場全体を包み込む。


「〈氷吹雪ブリザード〉……! 第五階梯魔法!」


 思わず声が漏れた。

 同じ魔法を使う職能でも、赤魔道士では決して発動できない高度魔法式。

 レインの魔法の才能が、少しばかり羨ましくなる光景だ。


「仕留め、そこねた」


 全て凍り付いたかと思ったが、一体が小さく体を震わせて氷を引きはがした。


るよッ!」


 【ぶち貫く殺し屋スティンガー・ジョー】を捨てたマリナが、高速で駆ける。

 蛹の目がぎょろりと動いたが、その中央に手裏剣がさくりとめり込む。


 次の瞬間、最後の蛹はマリナの黒刀に一刀両断に裂かれていた。

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