第17話 大通りと泣き声

 アパートメントを軽く探索してから元の通りへと出た俺達は、注意深く周囲を警戒しながら大通りを目指す。

 この一帯は、こういった多人数で住むためのアパートメントが立ち並ぶ一角らしく、妙に圧迫感がある小道を進んでいく。


「結局、なんにもなかったね」

「居住区だろうしな」


 探索で何も見つからなかったことに些か不満らしいマリナが、ぼやく。

 他の階の部屋も一通り回ったが、本当に大したものは何もなかった。


 歴史学者や技術者にとっては残された衣服や生活用品が気になるだろうが、冒険者的に気になるもの……つまり、金目の物や貴重な魔法道具アーティファクトの類は何も見つからなかったのだ。

 ただ、例の金の指輪はいくつか見つけることができたが。


「指輪、何なの、かな?」

「『鑑定』でもわからないしな……。いま、学術院の学者さん方が精密な鑑定をしているようだから結果を待とう」

魔法道具アーティファクトだったら、いい」


 魔法道具アーティファクトフリークスのレインは、金の指輪に興味津々だ。

 俺も値打ちものであればいいとは思うが、どうにも得体の知れなさがある。

 魔法の金属でできていることは確かなのだが、魔法道具アーティファクトというには機能がわからないし、貴重品にしては発見頻度が高すぎる。

 これについても、現地人──ロゥゲに尋ねてみたいところだ。


「大通りに出るっす」


 先導していたネネが、小さく注意を促す。

 ここからは、俺たちの姿を遮るものがあまりない大きな通りだ。

 ここまでの経緯から、さらなる警戒が必要だろう。


「シルク、ネネと一緒に警戒を行ってくれ」

「わかりました」


 シルクの目は精霊の存在も魔力も見通すことができるし、何よりかなり視力がいい。

 見通しのいい場所での警戒なら、彼女にも手伝ってもらったほうがいい。


 人気の全くない大通りというのも、なかなか薄気味が悪いと思いながらも、城に向かって足を進める。

 『オーリアス王城跡迷宮』の城下町エリアにも大通りらしきものはあった。

 しかし、廃墟であるが故に人の気配がないことに違和感がなかったが……ここは違う。

 まるで、先ほどまで誰かがいたと言われても違和感のない街並みがそこにあるのだ。


 そんな場所に、人っ子一人いないという状況は妙な不安をかきたてる。

 これなら、もっと廃墟っぽい方がマシってものだ。


「気味が悪いですね……」


 同じ事を考えていたのか、シルクがそんな風に漏らす。


「本当にな。ロゥゲは住民がまだいるといっていたが……」

「そういえば、あのおじいちゃんも見かけないね。生き残りっぽいのに」


 俺の言葉で思い出したのか、マリナがこちらを振り返る。


「ああ。配信にも映っていなかったし、本当に俺達が幻覚を見ていた可能性もある」

「そうなのかなぁ。でも、レインも見えてたでしょ?」

「うん」


 それなら、やはり幻覚ではなかったのかもしれない。

 『無色の闇』で取得してレインが付けている魔法の指輪は精神干渉を防ぐ力がある。

 そのレインが見えていたというならば、逆に配信に細工をあの老人が施したと考える方が自然かも知れないな。


「……!」


 耳をぴんと言立てたネネが、足を止める。


 それに倣って、俺たちも足を止めて警戒態勢に入る。


「何か聞こえるっす」

「わたくしにも、聞こえます」


 大通りを北に半分ほど過ぎた地点。

 もうすぐ、中央部の公園が見えてこようかって場所だ。


「……これ、泣き声ですね」

「っす。子供……いや、赤ん坊っすかね……?」


 俺には聞こえないが、ネネとシルクには聞こえているらしい。

 猫人族とエルフは人間に比べてずっと感覚が鋭敏であるため気が付けたのだろう。


「赤ん坊? 迷宮のど真ん中に? まねまねマン・ミミックの類か?」


 まねまねマン・ミミックは極めて性質の悪い魔法生物だ。

 擬態生物ミミックの一種で、傷ついた生き物の姿に化ける。

 例えば、人間を捕食する際には、怪我をした人間の姿に化けて「たすけて」と鳴き声をあげ、油断を誘うのだ。


「わからないっす。方向は……あっちっすね」

「教会か」


 屋根の上からも見えた、青い屋根の教会。

 いかなる神を信仰しているのかわからないが、文化的に近いのか、教会であるという事はわかった。

 ……入ってみたら全然違った建物だった、という事はあるかもしれないが。


「どうしますか?」


 シルクが、やや緊張した面持ちでこちらを見る。


「人間だと思うか?」

「可能性はなくはないかと。わたくし達が救助したあの子のこともありますし、もしかするとこの世界の住民で生き残りが教会にいるのかもしれません」


 確かに、シルクの言葉には筋が通っている。

 あの子のように、何かしらの理由で、どこかから入り込んだ人間がいる可能性はなくはない。

 これほど機能が残された都市であれば、たとえ迷宮内だとしても住み着く人間がいてもおかしくはないし、ロゥゲの言葉から推察するに、彼のように生き残った人間がいてもおかしくはないのだ。


 さらに言うと、古今東西、教会や冒険者ギルドは災害時の避難場所に指定されていることが多い。

 この迷宮となった『グラッド・シィ=イム』にかつて何かしらの災害があったとして、その生き残りが今も教会にいる可能性は否定できない。

 もし現地人だとすれば、あの迂遠な言い回しをする狂った老人よりも有用な情報を得ることができる可能性がある。


「……まずは、様子を見に行こう」


 いくらかの葛藤のあと、俺は方針を示す。

 もし、この鳴き声の主がまねまねマン・ミミック類だとしても、それはそれで一つの情報にはなるし、見知った魔物がいたと安心できる材料になるかもしれない。


「了解っす。先行警戒をかけるっす」

「ああ、頼む。だが、深追いはなしだ。踏み込むなら全員で行こう」

「わかったっす」


 大通りを音もなく駆けていくネネ。

 その後を全員で追う。

 そして、しばしの後に俺達は教会の前でネネに追いついた。


「どうだ?」

「……やばいっす」


 開いたままの教会の扉。

 その中をちらりと見やったネネが青い顔で、俺を振り返った。

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