第4話 隣国の風土と間違った言葉

「おいおい、どうした!?」


 シルクには階段に残るよう指示して、俺は人垣をかき分けてマリナ達の元へ向かう。


「もう一度言う! ここから出てって」


 マリナの良く通る声が、殺気を帯びて響く。

 これはいけない。

 うっかりすると殺し合いになりかねないぞ。


「通してもらうよ、っと」


 ようやく中心部に到達した俺は、騒ぎの中心となっているテーブルの前を移動して、マリナの前に立つ。

 良かった。まだ得物は抜いていないな。


「どうした、マリナ」

「ユーク! こいつらが──……」


 マリナが説明するより先に、三人いる男の内の一人がテーブルに木製ジョッキを叩きつけた。

 身体から漂う酒の匂い。相当酔ってるな。


「アンノォ、カ・バ!」

「ウム・アリス、カ!」


 近づく俺を制止するような動きで怒鳴り散らす男たち。

 サルムタリア語か……!

 ああ、よく見れば腰に巻きつけてあるキルトがサルムタリアのものだ。


「こいつら、急にきて私らにお酌をさせようとしたっす」


 瞳孔を縦に細めてネネが髪の毛と尻尾を逆立てている。

 なるほど、だいたいの事情は推測できたぞ。

 えーっと、どうだったか。待てよ……。


「……パアグ・アーリ、コ・シラ。エイ・サーワ・アコ。ラ・ハト」


 王国共通語が通じない可能性もあると考えて、俺は思い出しながら片言のサルムタリア語で声をかける。

 そうすると、男たちが驚いたように顔を見合わせた。


「ユークなんて言ったの?」

「『全員、俺の大切な家族で仲間だ』と伝えてみた。多分あってると思う」


 しばしすると、男たちは渋々といった様子で冒険者ギルドを去っていった。

 それに伴い、野次馬たちも徐々に散っていく。

 助けるでもなく、ただ邪魔な壁になるくらいなら、いっそ座って飲んでてほしい。


 とにかく、大事なくてよかった。

 小さく息を吐きだして、マリナ達に向き直る。


「みんな、大丈夫ですか?」


 騒ぎが収まったとみて、シルクが駆け寄ってくる。


「うん。ちょっと肩に触れられたりしたけど……。レインが〈衝電ショック〉で助けてくれたから」

「もうちょっとで首ちょんぱするところだったっすよ」


 剣呑な気配のまま、ネネが呟く。

 あの程度の手合いなら、できてしまうんだろうな……。

 彼らは俺に感謝してくれていいと思う。


 しかし、サルムタリア人が入ってきているなら、注意するべきだった。


「すまない、俺の想定不足だった」

「なにが? あたし、何かミスった?」


 不安げにするマリナの頭をぽんと撫でて、首を振る。


「いいや、俺のミスだ。サルムタリア人の冒険者が来てる時点で、三人だけにするべきじゃなかった」


 サルムタリアは男尊女卑の極めて強固な国でもある。

 それが伝統であり、信仰であり、生き方なのだ。

 かの国の女性というのは、家の保有財産とみなされる。

 子を産み、家事と家業の手伝いをすることだけが許される、人間の形をした財産なのだ。


 俺達のいるウェルメリア王国とは価値観が全く違う。

 おそらく、個人として独立した女性がいるという事が彼等には理解できないのである。

 マリナ達のような年若い女性が、男性や家の保護もなしにのは、彼等にとって迷宮で宝箱チェストを見つけたようなものなのだろう。


 羽目を外しすぎて酔っぱらった頭の彼らは、ここがサルムタリアでないということをすっかり忘れ、早速手に入れたつもりのにお酌を要求し……抵抗にあったというわけだ。


「そんなのって変だよ!」

「変だと思うが、そういう国なんだよ、サルムタリアってのは」


 怒っていたマリナが、ふっと真顔に戻って首をひねる。


「それなら、あいつらはなんで去っていったのかな?」

「確かにそうですね。財産だというならもう少し強硬的な態度をとってもよさそうですが……」

「それは、俺が男だからさ。サルムタリアは神の信仰と法が結びついてる国でな、犯罪についてはかなり厳しい罰があるんだ」

「例えば?」

「犯した罪と同じ罰を与えられる。もし、さっきの連中が俺から──言い方は悪いけど、君たちという財産を略奪したとしたら、神の名のもとに彼らは略奪されても文句が言えない立場になる。彼らは他の誰からも常に略奪される身となるんだ」


 俺の説明に、マリナが「なるほど」と頷く。


「ってことは、ユーク。さっきのは、あたしたちの所有権を、主張したの?」

「ニュアンスは違うけどな……。去ったところ見るとちゃんと通じたんだろう」


 数年前に一度勉強しただけのサルムタリア語だったが、何とか通じてよかった。

 何でもやっておくものだな。


「うーん……」

「どうした? マリナ」

「ねぇ、ユーク。やっぱりお揃いの、作ろうよ。そうすればあたし達が『ユークの』ってあの人たちにわかるってことでしょ?」

「俺のってなんだ……」


 言わんとするところはわかるが、周囲に誤解を与えかねない発言は止してもらいたいな。


「まぁ、確かにサルムタリアの人間にはその方がわかりやすいか。よし、急いで考えるよ」


 仲間の安全に関わることだ、急ぐべきだろう。

 しかし、迷宮でもなんでもないところでトラブルに見舞われるなんてなんだか出鼻をくじかれた気分だ。


「はいはい。では、とりあえずここまでにして……宿に向かいましょう」

「え、もう宿見つけたの?」


 切り替えの早いマリナが身を乗り出す。


「ギルドマスターのご厚意で紹介していただいたんです。国選依頼ミッションに備えてまずは疲れを取りましょう」

「なんだかもうくたくただよ……。早く行って、休んで、美味しいご飯が食べたい!」

「私も同感っす」


 シルクの後をついて、マリナとネネが冒険者ギルドを出ていく。

 最後まで黙って事の成り行きを見守っていたレインが、俺の裾をついついと引っ張る。


「ね、ユーク。一つだけ、いい?」

「なんだ?」


「サルムタリア語、間違ってたよ」


 苦笑しながらそう告げたレインが、小走りでシルクを追いかける。

 置き去りにされた俺は頭を抱えてしまった。


 ……俺は、一体何を言ってしまったんだろう?

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