第3話 ドゥナの女傑と喧嘩騒ぎ

「ようこそ、ドゥナ冒険者ギルドへ」


 受付で依頼票を見せて待つこと数分。

 しばしして現れたのは、やけに眼光の鋭い、痩せた年配の女性職員だった。


「ギルドマスターのマニエラだよ。よろしく頼むよ」


 年老いてなお矍鑠かくしゃくとしたその立ち姿から醸し出される雰囲気。

 この人は、きっと強い。

 ベンウッドやママルさんと同じくらいの圧を感じる。

 あんまり、逆らわない方がよさそうな御仁だな。


「Cランクパーティ『クローバー』のリーダー、ユーク・フェルディオです。こっちがサブリーダーのシルク・アンバーウッド」

「シルク・アンバーウッドです。よろしくお願いいたします」


 シルクと二人、深々と頭を下げる。

 ギルドマスターとの接見の間、マリナ達は酒場で待ってもらうことにした。

 酒場での聞き耳というのは、意外とバカにならない情報収集の方法だ。

 特に、ネネは耳聡いのできっと、待ち時間の間に街の雰囲気や噂話を掴んでくれるだろう。


「礼儀のなった子は嫌いじゃないよ。じゃ、早速仕事の話に移ろうかね。こっちへ来な」


 表情一つ変えずに、マニエラが奥の階段にすたすたと向かって歩き出す。

 彼女はなかなかせっかちなようだ。


 しかし、その気持ちはわからないでもない。

 突如として新迷宮ダンジョンが担当区域に出現したのだ。

 国への申請や周囲の調査を含めた対応もしなくてはならないし、町には噂を聞きつけた冒険者が次々とやってくる。

 となれば、早いところ、この国選依頼ミッションとなっている調査を終わらせて、ダンジョンを一般開放するか、封印するかしてしまいたい、と考えるのは当然の事だろう。


「概要は頭に入っているかい?」


 通された応接室で、マニエラが資料類を机に広げる。

 ベンウッドのところで見たものと同じものだ。


「ベンウッド氏から一通りは」

「仕事熱心で助かるね。調査基準は国からお達しがあったんで、今から伝えるよ。目標は第五階層までの通常踏破だよ。フロアボスがいるかどうかの確認もしておくれ。生配信は視聴制限なしで行う。アタシとベンウッド、王立学術院の連中でそれをチェックして、迷宮の危険度と規模を推定する」


 一息に言い切った後、言葉をいったん止めるマニエラ。

 その視線は、メモを取るシルクの指先へと注がれていた。

 ぱっと見、きつめの印象だが気遣いの細やかな人だ。


 シルクの手が止まったのを見計らって、こちらも質問を投げかける。


「マッピングはどうしますか?」

「不要さね。それを生業にする者もいるだろうしね」


「拾得物や魔物モンスター素材については?」

「基本的にはあんたらの総取りでいい。ただ、持ち帰ったものをチェックしてリスト化させておくれ。危ないものが無いとも限らないからね」


 質問にすぐに返答があるあたり、かなり仕事ができる。

 ベンウッドとは大違いだ。


「これ。あんまり年寄りを値踏みするんじゃないよ」

「……!」


 気付かれていた。

 おかしいな、こんなことは初めてだ。


「年の功ってやつさ。ま、初めて会う人間を警戒するのは正しいことだ。特に……こう、別嬪さんばっかりを連れていればね」


 そこで初めてマニエラが小さく笑顔を見せた。


「すみません。無礼をお詫びします」

「いいさ。今日からしばらくはビジネスパートナーだ。仲良くやろうじゃないか」


 差し出された手を握ると、にこりとマニエラが笑った。

 あちらも、俺を試していたか……。

 お眼鏡に適ったならいいのだが。


「それで、いつから入るんだい?」

「そうですね……では、明日と明後日は休息と準備に使って、三日後に突入とします」

「急ぎ過ぎず遅すぎない、いい判断だ。さすがベンウッドのお気に入りってわけだね」


 にやりと口角を上げるマニエラ。


「ベンウッドを知っているんですか?」

「なんだ、アタシを知らないのかい? アタシも元あいつのパーティメンバーさ。『無色の闇』の最奥に最初に踏み込んだのは、何を隠そうアタシなんだよ?」

「あなたも……!」

「そう、つまりあんたの叔父殿の仲間ってワケさ、ユーク」


 最初から俺の素性を知っていたのか。

 なんだか騙された気分だ。


「お手並み拝見と行こうじゃないか」

「お手柔らかにお願いします」


 苦笑を返して、深くお辞儀をする。

 叔父の仲間であれば、敬意を以て接しなくてはなるまい。

 ……ベンウッド以外は。


「ああ、そうだ。忘れるところだったよ」


 ソファから立ち上がったところで、マニエラが何かを投げてよこす。

 ……地図?


国選依頼ミッションに来たパーティに宿探しをさせるのもなんだと思ってね、ギルドであんたたちの拠点となる宿を用意させてもらったよ。その地図の場所に行きな」

「ありがとうございます」


 シルクと二人、再度頭を下げてから、応接室を後にする。

 扉を閉めてから、横を見るとシルクが大きく息を吐きだしていた。


「緊張した?」

「はい。とても。あんな風に落ち着いてやり取りできるなんて……さすがユークさんですね」

「いや、俺も緊張していたよ」


 嘘でも冗談でもなく、本心だ。

 あのマニエラという老婦人は放つ気配が鋭すぎて、すくんでしまうのも仕方あるまい。


「しかし、宿まで準備していただけるなんて……」

「せっかくの気遣いだし、今回は有難くお世話になろう」

「はい。知らない町ですので、助かりますね」


 ま、もし探す必要があってもそこはサポーターの俺の仕事だ。

 シルクが気にすることじゃない。


「みんな、待ちくたびれていないといいけど……大丈夫かな?」

「馬車の旅とは言え少し長かったですから、疲れがあるかもしれませんね」

「明日、明後日で疲れをしっかり抜かないとな」


 二人で話しながら、階段を下りる。

 一歩階段を下りるごとに、喧騒が大きくなって冒険者ギルドはどこも一緒だな、などと思ったが……どうも、騒ぎが大きすぎやしないだろうか?


「んん?」


 それが喧騒ではなく喧嘩騒ぎであることに気が付くのは容易だった。

 しかし、その中心にいるのが……マリナ達だったのは、予想外だったが。

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