第5話 『歌う小鹿』亭と宿の目玉
気を取り直して、地図を持ったシルクの案内の元、宿へと向かう。
このドゥナという町は、あらかじめ区画整理がしっかりとされていたらしく、大通りをはじめとしたおよその道はどれもまっすぐで、どの道もほぼ直角に交わっている。
おかげで、そう道に迷うことなく俺達は目的の宿まで歩いていくことができた。
「ここですね。『歌う小鹿』亭です」
たどり着いた宿は、大きめの民家を彷彿とさせる、宿としては小規模な木造二階建ての建物だった。
ただ、どこか安心感を与える佇まいをしている。
「ここ、すごいですね……」
宿を見ていたシルクが、驚いたようなそして嬉しそうな顔を見せた。
「すごい?」
「精霊が、すごく安定しているんです。まるで森の中にある神域みたいな……。どうしてこんな街中で……?」
「それは、すごいな」
とはいえ、見上げていても仕方がないので俺は扉に進む。
扉に手を触れようとすると、小さなそよ風が吹いて扉が自動的に開いた。
「いらっしゃいませ。『歌う小鹿』亭へようこそ」
エプロン姿の若い女性が、俺達にペコリと頭を下げる。
俺たちよりも少し年上だろうか。どこか優しげな目をした人で、亜麻色の髪をひとまとめにしている。
「ギルドから紹介を受けた『クローバー』です」
「ええ、伺っておりますよ。長旅でお疲れでしょう、どうぞこちらに」
宿の中はやはりこじんまりとしていて、本当に宿というよりも家といったようだった。
「何か、落ち着く」
「そうだな」
レインが漏らした感想に頷く。
俺も、同じ印象だ。
通された吹き抜けのリビングには、火のついた暖炉があり、数脚のソファが並べられている。
そして、その中央にあるテーブルには、すでに人数分のお茶がセットされていた。
「よくお越しくださいました。わたしはオーナーのフィナと申します。滞在中はわたしが皆様のお世話をさせていただきます」
「よろしくお願いします。俺はユーク・フェルディオ。『クローバー』のリーダーをしています」
「ええ、存じております。わたし、『クローバー』のファンなんですよ」
そう笑うフィナが、宿帳らしきものを俺に差し出す。
「こちらに全員のお名前をいただけますか」
「はい」
宿帳を回しながら、全員サインを入れる。
「滞在中のお代は結構です。食事は必要な時に声をかけていただきましたらご用意しますので」
「食費もただなの?」
「はい。左様でございます。たくさん召し上がっていただいても大丈夫ですよ、マリナさん」
「ええっ」
驚くマリナに、クスクスとフィナが笑みをこぼす。
「『無色の闇』でのお食事風景動画を拝見しました。たくさん召し上がられるなって、見ていたんです」
「恥ずかしい!」
顔を赤くして両手で覆うマリナ。
ま、あれだけ迷宮内で平らげれば話題にもなるだろう。
俺も意地になって料理を出してしまったのは悪かったと反省しているが。
「それと、当宿は貸し切りになっておりますのでごゆるりとお寛ぎください。しばしの間ですが、ここが皆様の
「貸し切りなんですか?」
「はい。失礼ですが、シルク様は人目を気にされるかもしれないと思い、勝手ながらそうさせていただきました」
「ありがとうございます。初めての土地で、少し気にはなっていたんです」
サービスが行き届きすぎている!
「お部屋は二階の好きなところをお使いくださいませ。それと、少し休みましたら当宿の目玉にご案内いたします」
「目玉?」
「マニエラ様から聞いておられないんですか?」
フィナと二人で首を傾げ合う。
確かに、いい宿だと思うが、『目玉』?
なんだろうか?
安心して休めさえすればいいと思っていたし、現状で充分にサービス過多な気もするのだが。
「気に、なる」
「あたしも!」
マリナとレインが顔を見合わせて立ち上がる。
確かに、そんな風に言われてしまえば、気になるのが人情というものだ。
俺だって気になる。
「うふふ、ではご案内いたしますね。こちらへ」
フィナに案内されて、宿の奥へと進む。
見た目と違って奥行きがあり、一番奥まったところにある扉を開けると、さらに奥へと伸びる細い通路。
その通路を一列になって進むと……そこは、外に繋がっていた。
「庭、かな?」
「庭っすね」
観葉植物が多く植えられた、庭。
特筆すべき点として、その中央には直径20フィートほどの楕円形をした泉があった。
そして、泉からはふわふわと湯気が漂っている。
「これ、もしかして……温泉っすか?」
鼻をくんくんと動かしていたネネが目を輝かせた。
「はい、左様でございます。疲労回復と美肌の効果がありますよ」
どこか誇らしげにうなずくフィナ。
「なあ、ネネ。温泉ってなんだ?」
「えーっと、基本的には泉と一緒っす。でも、水の代わりに地下からお湯が湧いてるんすよ」
「飲むのか?
「浸かるんすよ」
地下から湧き上がるお湯になど浸かったら煮えてしまわないだろうか?
不審な顔をした俺の様子にネネが吹き出す。
「ユークさんでも知らないことってあるんすね」
「ああ。これは、初めてだな……」
「お湯の温度は家のシャワーと変わらないっすよ、たぶん」
「本当に?」
余りに警戒する俺に、ネネとフィナが再度笑顔を見せる。
「皆さんはどうっすか?」
「ボクは、経験、ない」
「あたしも!」
「わたくしも、これは……」
少し考えたネネが、耳をぴんと立てる。
「それじゃ、みんなで入ればいいっす。そしたら怖くないっすよ!」
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