第63話 謹慎明けと冬の空

 ジェミーの救出劇から一ヵ月。

 冬の訪れが本格的になり、木々がすっかり葉を落として空が高く感じられるようになったころ……俺達『クローバー』の謹慎期間があけた。


 この日、さっそく俺は冒険者ギルドへと訪れていた。

 『クローバー』のリーダーとして、依頼しごとを始める前に謹慎明けの挨拶くらいはしておいた方がいいだろうという考えである。


「活動再開ですね、ユークさん」


 カウンターにいたママルさんが声をかけてくれる。


「ここでお会いするのはしばらくぶりですね」

「いい休暇になりましたよ」

「それは良かった。それで、お仕事ですか?」


 挨拶の為だけに来たので、やや面食らう。

 ママルさんがこういう言い方をするときは、半ば指名依頼のような『任せたい仕事』がある時だ。

 なかなかの職権乱用とも思えるが、ママルさんがそうするべきと判断したなら、それはそれでお眼鏡に適っているということなので誇らしくもある。


「何かあるんですか?」

「これ、まだ未公開情報なんですけど……新しい迷宮ダンジョンが見つかったんです。『クローバー』の復帰記念配信にいかがですか?」

「新しいダンジョンが……!?」


 ここのところ、十年以上見つかっていなかった新迷宮の初見配信となれば、たしかに大きな話題を集めるかもしれないが……これ以上、話題を大きくしてもな。

 俺達『クローバー』一行による一連の救出劇は、美談として少しばかり話題になった。


 ある意味、これは狙ってやったことでもある。

 おかげでジェミーは情状酌量の余地があるとされ、大騒動となった『サンダーパイク』の差別発言事件についてもジェミーについては不問とされた。

 そもそも、あの事件の配信でジェミーは一切言葉を発していなかったのだから、当然ではあるし、シルクがジェミーに関して「『サンダーパイク』にいながらにして命を救ってくれた恩人」と発言したことにより、逆に他種族国家との話し合いはスムーズに行ったようだ。

 ただ、一部の記者が俺とジェミーの間柄を『恋人同士』と誤報したことには些か辟易することとなったが。


「今回起きた各迷宮の異常は、この新ダンジョン出現による余波だったのではないかというのが、王立研究院の見解です。どのダンジョンも、今は落ち着いていますしね」

「迷宮同士が干渉し合った……ってことですか?」

「ええ。それでですね、『無色の闇』調査でも多大な功績を挙げた『クローバー』に調査を依頼してはどうか、と話になったのです」


 それはそれでなかなか興味深い話だが、俺達にそんな大きな依頼、良いのだろうか?

 ランクこそ下がらなかったとはいえ、謹慎を受けたパーティに依頼するには少し話がデカいし、うますぎる気がする。


「ギルドマスターの提案なんですけどね。やっぱり、一番信頼できるパーティがいいと」

「ベンウッドめ。サプライズのつもりか?」


 俺の独り言に、ママルさんが微笑む。


「仲間と相談してみるよ。こんな大きな依頼、一人じゃ返事しかねる」

「ええ、いいお返事をお待ちしています。……皆さんはお元気ですか?」

「みんな元気ですよ。ネネもね」


 結局、ネネは正式加入レギュラーとして『クローバー』に残ることとなった。

 ネネの希望でもあったし、俺たちもそうして欲しいと願っていたので、いい形に収まったと思う。


「あの子をよろしくお願いしますね」

「寂しいですか?」

「あら? ユークさん。あんまり私をいじめないでください。仕返ししたくなります」


 俺のちょっとした軽口にぞっとするような殺気を混ぜた笑顔を返すママルさん。

 余りに恐ろしかったので、俺は話題を転換するべく元パーティメンバーの現状を尋ねる。


「ジェミーはどうですか? うまく、やれてます?」

「ええ、よく働いてくれてるわ。うまくやったものですね、ユークさんは」


 少し困ったような顔でママルさんが笑う。

 いま、ジェミーはギルドの仮職員アルバイトとして働いている。

 俺が、ベンウッドに頼み込んだのだ。いくつかの弱みにつけ込んで。

 ジェミーに対し、『サンダーパイク』のメンバーとして下された処分は、それなりに重かった。


 冒険者信用度スコア全損による冒険者資格の取り消し、そして一年間の再登録禁止。


 事実上の廃業通告である。

 しかし、犯罪者刻印の打刻と国外追放を免れただけ、よかったともいえる。

 ジェミーにはこの都市で暮らす年の離れた弟がいて、まだ援助が必要なくらいに幼い。

 そのため、何とかしてジェミーの働き口を見つける必要があった。


 一年後、ジェミーが再び冒険者として『クローバー』に所属するという選択肢を残しておくためにも。


「またテック君の薬を作ってくるって伝えておいてください」

「会っていかないんですか? 恋人さんに」

「ママルさんまでそんなことを……」


 先ほどの意趣返しだろうか、悪戯っぽく笑うママルさんに手を振って、冒険者ギルドを出る。

 外に出ると、吐く息は白くなっていた。

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