第64話 第一部最終話 仲間たちと出発の言葉
「おかえり! ユーク」
「ただいま」
拠点に帰ると、マリナがリビングで武具の手入れをしていた。
明日にでも冒険に出かけるぞ、という意気込みが伝わってくるあたりが微笑ましい。
「何かいい依頼あった?」
ちゃんと挨拶に行くだけだと伝えたはずなんだが、忘れているのか見透かされているのか判断が難しい。
「指名依頼みたいなのを相談されたよ。三人は?」
「シルクは部屋で、レインはお風呂。ネネは出かけたよ」
「夕食の時に話をするよ。受けるかどうかは全員で決めよう」
「わかった! じゃあ、あたしもちょっと出かけてくるね。魔法の砥石が足りなくなっちゃった」
言うが早いか、マリナはそのままリビングを出ていってしまった。
相変わらず行動力の塊だ。
「ユーク、おかえり」
しばし、リビングで
もう慣れてしまったが、たまには俺が男であるという事を思い出してほしい。
眼福にも限度ってもんがある。
「ただいま。髪の毛、濡れたままだぞ」
濡れた髪の所々に水滴すらついた状態のレインが、椅子に腰かける。
「よきに、はからえ?」
「はいはい」
タオルで頭を丁寧にふき取ってやる。
幼く見えても同い年のはずなんだが……まぁ、たまにはいいか。
「いい依頼は、あった?」
「マリナと同じことを聞くんだな」
「マリナ、昨日から、浮足立ってたから」
確かに。
謹慎期間はストレスがたまっていたようだしな……。
「ボクも、冒険に行きたい。今度こそ、『
「そうだな。封印指定、解けるといいんだが……」
「それまでに、ボクらは、もっと実力をつけないと」
「そのためには、髪の水分をしっかり拭えるようにならないとな」
小さく笑ってレインがちらりと振り向く。
「いい、の。これはボクが、ユークに、してほしいだけ、だから」
「はいはい」
苦笑しながら、レインの頭をタオルで拭う。
ご機嫌そうに足をぶらぶらさせて、鼻歌まで披露してくれるレイン。
「ほら、乾いたぞ」
「ありがと、ユーク。それじゃ、ボクは、少し寝ます」
「ああ。風邪ひかないようにな」
「温めに、来てくれても、いいよ?」
悪戯ぽい顔で俺をドキリとさせて、レインが二階に消える。
まったく、かなわないな……。
大きく息を吐きだして、平常心を取り戻していると、今度はレインが消えた階段からシルクが下りてきた。
「ユークさん。お帰りなさい、外は寒かったでしょう? 何か温かいものを入れましょうか」
「ああ、頼むよ」
流れるようにキッチンに消えたシルクが、しばしするといい香りの湯気立つカップを持って戻って来た。
これは……ホットエールだな。
アルコールを飛ばしてあって、ほろ苦さの中に甘みと香りが広がる、シルクの冬の定番だ。
「いよいよ活動再開ですね。何かプランなどありますか?」
「シルクの案があれば聞かせてほしいところなんだけど、挨拶に行ったら依頼のご指名があった」
「いいですね。今の時期ですと、迷宮由来の依頼でしょうか?」
『無色の闇』の一連の流れを通して、シルクはサブリーダーとしての能力を大きく伸ばしたように思う。
いや、最初からリーダーとしての才能はあったのだろうけど、経験を積んだ彼女はサブリーダーとしてかなり優秀に成長してくれた。
おかげで俺は『サンダーパイク』の時のような失敗を犯さずに済みそうだ。
「夕食時に話そうかと思っていたんだけど、シルクには先に話しておこうか。最近、新しい迷宮が発見されたらしい。そこの初見調査を頼みたいと要請があった」
「それはいい経験になりそうです。配信的にもおいしいのではないでしょうか」
すでに、シルクの中ではスケジュールの管理や物品準備リストなどが想起されているに違いない。
なんだかんだと『クローバー』の財布も握っているわけだし、もはや実質リーダーでいいのではないだろうか?
「ダメですよ、ユークさん」
「……!」
そして、勘も鋭い。
「お手伝いはしますけど、リーダーはユークさんなんですよ」
「いや、わかってはいるんだけどな……」
「
久々の『先生』呼びにギクリとする。
「もう、ユークさんは本当にそうやって自分を過小評価するんですから。わたくし達のリーダーは、ユークさんをおいて他にいません。これからも、お願いしますよ」
そう苦笑するシルクに、頭を掻いて苦笑を返す。
確かに中途半端で投げ出すのは良くないことだ。
「了解だ。それで……この件だが、まだ詳細を聞いていないんだ。ギルドもまだ公開前なので受ける前に聞くのはどうかと思って確認をしてこなかったんだが、どう思う?」
「十中八九受けることになると思いますが……」
「だよな。よし、じゃあ依頼を受ける体で軽く話を聞いてくるよ。通常の
「わかりました」
シルクに頷いて、残ったホットエールを喉に流し込んで席を立つ。
ふわりと温かくなった身体を包むようにコートを着込み、扉に手をかけたところでシルクが俺の肩を軽く叩く。
「ギルドに行かれるのでしたら、ジェミーさんにも一声かけておいてください。今日は謹慎明けのちょっとしたパーティーをする予定ですから」
「ああ、承った」
「それと……」
シルクが少し声を潜める。
「レインだけじゃなくて、わたくしも時々甘やかしてください」
「……!」
見られてたし聞かれてたか。
「ふふふ、冗談ですよ。いってらっしゃいませ」
「あ……ああ、いってくるよ」
からかわれたのか何なのか。
またしても動悸を早くしながら、俺は逃げるように家を後にする。
俺という男は故郷にいた時からあまり女性と接点がなかったものだから、こういう接し方をされるとどうしたらいいかわからなくなってしまう。
周囲に急に女っけが増えたことで、まさに経験不足を痛感している最中だ。
一度や二度の経験では、この溝は埋まらない気がする。
「赤魔道士でも……こればっかりは器用にいかないもんだな」
そう独り言ちて、俺は冒険者ギルドへの道を行く。
冬の支度をしっかり終えた大通りは、人の気配こそ少なくなっていたが、行きかう冒険者の数は変わらない。冬には冬の冒険が待っているのだ。
例えば、新ダンジョンの解放があれば、もっと賑わうことだろう。
そして、そのきっかけを作るのが俺達『クローバー』の復帰後最初の大仕事だと考えると、少し心が躍ってきた。
離脱から始まった『サンダーパイク』との因縁を清算したあとの最初の仕事だ。
リーダーとして浮かれないように、だが……心機一転して臨みたい。
冒険者ギルドの前に来て、軽く深呼吸する。
そして、俺はこの新たな出発にぴったりな、希望に満ちた言葉を口にした。
「よし、慎重に楽しもう」
~第一部 完~
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