第46話 第二階層の風景と謎の建造物


 食事と休息を終えた俺達は、ゆっくりと階段を下りていく。

 先行警戒に出たネネによると、地下二階層は一階層と違った『ヤバさ』があるらしい。

 階段を下りきったところで、その意味が理解できた。


「こりゃ、すごいな……!」


 思わず、異様さに声が出てしまう。


「ここ、ダンジョンの中なのですよね……?」

「迷宮なのに空があるよ!」


 戸惑った様子のシルクに、はしゃぐマリナ。

 対照的ではあるが、どちらの気持ちもわからないではない。

 見上げれば青空が広がり……緑の草をゆらす緩やかな風が吹き抜ける平原が、目の前に広がっていた。


「落ち着こう。記録ログに『外環境型階層』として記述があったはずだ」

「でも、ユーク。ここ、まだ、二階、だよ?」


 レインの言う通りだ。

 記録になかったわけではない……が、出現するには階層が浅すぎる。

 先行したパーティの配信でもこんなことはなかった。


 少なくとも資料の上でこの階層が確認されたのは深層……少なくとも地下二十階層から先のはずなのだ。

 ベンウッドはこれを「迷宮が取り繕わなくなった」と表現していた。

 迷宮ダンジョンというのは最奥に近づけば近づくほど、その性質を強く露にするものだ。


 例えば、『オーリアス王城跡』迷宮の最奥は玉座の間になる。

 そして迷宮の主としてそこに姿を現すのは『オーリアス王』とその近衛騎士たちだ。

 迷宮によっては最奥に至って初めて『何であったのか』がわかる場所もある。


「みんな、警戒を密に。絶対に気を抜かないようにしてくれ」


 これが異常であるのは明白だが、確認しておかなければならないことがある。

 単に浅層に『外環境型階層』が出現するという異常なのか、それとも確認せねばならない。


 この状況自体は〝生配信〟で関係者に伝わっているはずだ。

 ならば、現場として判断基準となる何かを見つけなければ。

 このまま、戻って「異常でした」と報告したところで、どう異常なのかわからず二度手間になるだけだ。


「【風の呼び水】は作動してる?」

「風が強すぎて機能してないっす」


 やっぱりか。

 これだけそよ風が吹けば微細な空気の流れなんてアテにできない。


 さて、このだだっ広い平原をどう攻略するべきか。

 まずは、端の確認だな。ベンウッドによると、一見広大な森や荒地に見えても明確な『端』があると言っていた。

 で、あれば……まずはその把握からだろう。


「ネネ、先行警戒を頼む」

「どの方向をっすか」

「まずはこのまままっすぐ。千歩いったら戻ってくれ」

「了解っす」


 これまでと違った先行警戒になるであろうこの状況でも、ネネは揺るがずかけていく。

 俺もいつまでも動揺しているわけにはいかない。


「ああ、くそ。これなら【望遠鏡】を持ってくればよかったな」

「魔法で、見ようか?」


 なるほど、魔術師のレインならば〈望遠の瞳テレスコープ・アイ〉が使えるか。


「ああ、頼むよ。まずは向かって右方向を頼む」

「うん。肩車、して」

「ん? ああ、そうか」


 背丈の小さいレインが遠くまで見渡そうと思えば、少し高さもいるだろう。

 しゃがみこんで、レインが肩に跨ったのを確認してから立ち上がる。


(……平常心だ、ユーク。柔らかさとか温もりとかの情報はいま拾うんじゃないぞ)


 そう言い聞かせながら、ゆっくりと右に体を向ける。


「……魔物モンスターの姿は、ない。反対も、おねがい」


 言われるがまま、くるりと反対を向く。

 しばらく見ていたレインが、少し重心を傾けるのがわかった。


「……? 向こうに、家が、ある」

「家?」

「うん。青い屋根の、小さなお家。かなり、遠い。……う、目が、しぱしぱする」

「もう大丈夫だ、ありがとう」


 魔力を目に集める魔法だ、負担も大きいだろう。

 肩から降りたレインに〈魔力継続回復リフレッシュ・マナ〉を付与して、しばし考える。


 迷宮内に建物の残骸というか、残滓が残されていることはそれほど珍しいことではない。

 ここ『無色の闇』の第一階層にだって、朽ちた客室の様な場所があったり、壁に窓が張り付いているなんてことはよくあった。


 しかし、家が丸ごととなれば……何かあると考えるべきかもしれないな。


「戻ったっす。千歩以内には特に何もなかったっす」

「おかえり、ネネ。こちらもレインに望遠の魔法を使ってもらったんだが、左側に建造物を発見した。今から向かおうと思う」

「わかったっす。先行警戒は必要っすか?」


 しまった。これは失敗だ。

 〈望遠の瞳テレスコープ・アイ〉があるなら、それを使ってもらってからネネを送り出せばよかった。状況の変化に落ち着きを失っていたか。


「いや、敵影はなかった。全員で固まっていこう」


 俺の提案に全員が頷き、行動を開始する。

 踏み心地のいい草の絨毯が続く第二階層を注意深く歩いていく。

 普通の迷宮と違い、ここが一つの大きな部屋だと思えばあまり楽観視はできない。

 広いという事は機動力のある魔物……例えば、狼であるとか、走竜ラプターであるとかに包囲される危険性がある。


 それともう一点、この階層の空には『太陽』があった。


 ただの〈ライト〉代わりの魔法道具アーティファクトであればいいが、文字通りあれが太陽であるならば、夜もあるということになる。

 普通、迷宮に昼夜など関係ないはずだが、もしこの階層に昼夜の概念があれば?

 それ自体が罠や仕掛けギミックになっている可能性は捨てきれない。


「見えてきたっす」


 先頭を行くネネが、立ち止まり指さす。

 見えた建物は、一般的な大きさの家に見え……驚いたことに新築のようにすら見えた。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 逆に異様なその光景に緊張しつつ、俺は念の為、全員に強化魔法を付与し始めた。

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