第45話 二回目の突入とマリナの提案

「よし、それじゃあ二回目のアタックを開始する」


 『ゴプロ君』の起動を確認してから、全員で隊列を確認し、階段を下りる。

 今回も見送りにはベンウッドが同行してくれた。

 この過保護さをこそばゆくは思うが、「お前もあの娘たちに過保護じゃないか」と言われてしまえば反論も出来ない。


「今回の目標は三階層階段エリアまでの到達と異常の調査。異常の発見時は適宜判断をして、必要なら撤退をかける」


 行動目標を共有するために、再度声に出して伝える。


「慎重に楽しもう」


 ここのところの掛け声となった言葉を、口にすると全員が頷いた。

 この異常事態に迷宮攻略を娯楽のように言うのもなんだが、俺たちにとってはこれでいいと思う。

 ここは俺達の夢の舞台、『無色の闇』だ。

 ただ仕事で潜るというよりもずっと前向きになれる。

 それ故に、この言葉は全員の共通認識となっていた。


 一時加入スポットのネネにしても、この国選依頼ミッションは特別な思い入れがあるものだ。

 高級林檎酒シードルをすっかり空にして聞き出したネネの過去は、笑って聞けるような類のものではなかった。

 この依頼は彼女にとっても人生の転換期となるべきイベントであり、真剣さは俺達同様……あるいは、それ以上かもしれない。


 そんなネネの猫耳には小型の『ゴプロ君』を内蔵したイヤリングがつけられている。

 〝生配信〟で先行警戒中の様子もフォーカスできるようにした特別なものだ。

 『王立学術院』が今回の国選依頼ミッションに際して貸与してくれた、最新の魔法道具アーティファクトで、将来的な量産のための試運転ということらしい。


「気を付けて行ってきてくれ。前回の成果を越えようなんて思わなくていい。成果としては充分にでている」

「ああ、わかっているさ。危ないと思ったらすぐに戻るさ」


 腰のホルダーには【退去の巻物スクロールオブイグジット】を確認してベンウッドに頷く。

 貴重なものだが、出し惜しみするようなものでもない。

 錬金術師は消耗品を使ってこそだ。


 ……おかげで金食い虫などと言われるわけだが。


「では、突入」


 一週間前の突入と同じように、石造りの通路を進んで『無色の闇』に踏み入っていく。


「では、先行警戒に出るっす」

「ああ、おそらく内部は変動している。注意してくれ」

「まかせてくださいっす」


 頼りになる猫人が【隠形の外套ヒドゥンマント】を羽織って、音もなく通路をかけていく。

 今回はブーツにも細工をさせてもらった。音を吸い取る特別な油をしみこませた靴底を使用したあのブーツは相当激しく動きでもしない限りは音が出ない。

 ときどき油を差してメンテナンスする必要があるが、ネネの安全を確保するには有効な魔法道具アーティファクトであるはずだ。

 ちなみに悪用されると問題になるってことで、ネネには商品化を止められた。

 さすが元盗賊の忠告は言葉の重みが違う。


「シルク、大丈夫か?」

「ええ。問題ありませんよ、ユークさん」


 前回あんなトラブルがあった後だし、何かあるかと思ったが……シルクはどこ吹く風といった様子だ。

 初回の緊張していた頃よりも、ずっとリラックスした顔をしている。


「それよりも、ボクは、ユークが心配」

「だよね。ユークは悪くないのに悪く言う人いるしさ!」

「ま、元パーティメンバーだった……ってのは事実だしなぁ」


 確かに、少しばかり頑張りすぎたかもしれないとは思う。

 結果的に、それがあいつらを甘やかすようなことになったと今は少し後悔している。

 とはいえ、それがかつての俺の居場所になっていたという部分もあり、簡単に割り切れはしないのだが。


 ベンウッドは謝罪配信をさせると言っていたが、今のところまだ配信されてはいない。

 なにせ、仮にもフィニス所属のAランクが揃いも揃ってバカな発言をしたのだ。どういう形にするか、上で方針が紛糾しているのかもしれない。

 下手をすればベンウッドが更迭されたっておかしくない状況ではある。


 それはそれで、この『無色の闇』の監視人がいなくなるので困るだろうし、ベンウッドが去ればママルさんも一緒に去る。

 安全保障上は逆に問題だろう。


「皆さん、オッケーっす」


 ネネの呼びかけが思考を中断させる。

 いかんいかん……今はダンジョンに集中しないと。


「あいつらの事は放っておこう。さぁ、行こう」

「もう。ボクらは、ユークが、心配なの」

「それなら心配ない。みんながいてくれれば、それでいい」


 レインの言葉にそう返事をすると、三人娘が揃って照れくさげに笑う。

 それを見ていると、なんだか俺まで照れてしまった。

 どうにも最近の俺は、素直になりすぎて『先生』の威厳が薄れている気がする。

 それはそれで、馴染んできたってことでいいことなんだろうが……。


 こそばゆい感じを誤魔化すように、ネネの呼ぶ方へ向かう。

 相変わらず、処理できる魔物モンスターは処理してくれているので、魔石を拾いつつ奥へ奥へと進んでいく。

 二回目でもこのモザイクの様にちぐはぐな景色には慣れないが、初回のような強い緊張というものはなく、かなりテンポよく足を進めることができた。

 途中、大型の魔物モンスターが門番のように居ついていることもあったが、初回攻略の時の様な異様なものではなく、記録ログや配信で見たことがある魔物モンスターばかり。

 現在のところ、魔物モンスターで異常は発見できない。


 ちなみに今もあの鮫頭の魔物はよくわかっていないらしく、『王立研究院』からは「またいたら検体を頼む」などと気軽にコメントが来ている。

 俺としては、ああいった不明の多い輩には出会いたくないんだが。


「階段、そこっす」


 ちぐはぐな風景の通路を抜けた小部屋、そこに下り階段が口を開けていた。


「念の為、階段エリアのチェックも行ったっす。足跡なんかもなかったので危険はないと思うっす」

「道中の罠の類はどうだった?」

「ほとんどないっすね。あったとしても単純動作ばっかりで魔法の罠はなかったっす。進路上のは全部解除しちゃったんすけど、まずかったっすか?」

「いや、それならいいんだ。ありがとう」


 記録ログを漁ったときはかなり熾烈な罠があったと聞いていたのだが、これも異変の一部だろうか?

 スタンダードでないことは、基本的に異常であると考えるべきだろう。

 迷宮が罠にリソースを割けず、魔物を階層に留めおけないような『何か』が起こっている可能性がある。


「よし、階段エリアで損耗チェックと休憩にしよう。今日は、二階層から先も行くからな。……その前に、飯にしよう。〝配信〟カット」


 配信を止めて、軽く野営の準備を始めていく。

 今回は食料品もそこそこの量を持ち込んで、食事にもバリエーションが出せるようにした。

 マリナなど「冒険の目的の一つだよね」とすっかり気に入っている様子で、俺としてもなかなか気が抜けない。


「あ、そうだ。ユーク! 『ゴプロ君』動かしてよ!」

「ん? なんでだ?」

「ユークのダンジョンご飯を配信して、バカにした人たちに自慢するの! あたし達のユークはこんなにもすごいんだぞって!」


 屈託なく笑うマリナに、思わず吹き出してしまう。

 『すごい』の線引きがマリナらしくて、なかなか可愛らしい。

 だが、まあ……アイデアとしてはなかなか面白い。


「よし、じゃあ先に清拭しちまえ。『無色の闇』で初めてのダンジョン飯だし……せっかくだ、ちょっと豪華にいこう」

「やったね! ネネ、拭きあいっこしよう! 早く終わらせなくっちゃ!」

「っす」


 嬉々として鎧を脱ぎ始める二人に慌てて背を向けて、俺は視聴者に映えるダンジョン飯の献立を考え始めた。

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