第39話 奇妙な間取りと奇妙な魔物

 ネネの後を黙々とついていく。


 屋内森林を抜け、木造住宅の中の様な廊下を歩き、水たまりがそこら中にある地下水路の様な暗い小部屋を通過する。

 所々にすでに始末された魔物の残骸があり、それを回収しつつ進んでいく。見たことがあるのも、見たことがないのもいた。

 これはネネ用の『ゴプロ君』があったほうがよかったかもしれない。

 次回のダンジョンアタックまでに準備する算段をたてておこう。


「ここでストップっす」


 いつの間にか土の壁となった通路の一角で、ネネが俺達を止める。

 曲がり角に手鏡を出して、先の様子を窺っているようだ。


「やっぱり、部屋の居つきみたいっすね。ここは避けられないので、殲滅するしかなさそうっす」


 促されて鏡を見ると、曲がり角の向こう側……少し開けて部屋のようになった場所に、見たことのない魔物モンスターが居座っていた。

 記録ログや配信の記憶を探って、必死に頭を回転させるがやはり思い当たらない。


「何だと思う?」

合成獣キマイラ悪魔デーモンの類じゃないっすかね」


 確かに、その線で考えるのが妥当か。

 撞木鮫シュモクザメの頭部に、大きく毛深い胴体。直立していて、手にはでかい斧を持っている。

 長毛種のミノタウロスの頭を撞木鮫に挿げ替えたような、奇妙な生き物だ。


魔物モンスターランクがわからないな……。倒すしかないが」


 ミノタウロスと仮定すれば、魔物モンスターの討伐ランクはB。

 そう考えればザルナグと同じくらいだが、初挑戦のダンジョンでのパーティ初戦闘が未確認の初見生物など、我ながらついていない。

 いや、ついているというべきか。

 これは、何かしらの資料になるかもしれない。


 強化を付与しながら、どう戦うか考える。


「……ん?」


 通路を見ながら、違和感を探る。

 あの魔物モンスターがいる場所に対して、俺たちの現在いる通路はかなり狭い。

 この『無色の闇』独特のちぐはぐ感が、いい方向に働いている気がする。


「通路で仕留めよう。魔法と弓で攻撃する」

「部屋まで行かないとマリナさんが剣を振れないっすよ?」

「いや、いけるよな? マリナ」


 俺の問いに、マリナが頷く。

 こういう、狭い場所での戦闘も想定して、マリナには別の武器も持たせている。


「どちらかというと、あのでかい斧をのびのびと振るわれた方が危ない。この通路ならそうは使えないだろう?」

「なるほどっす。では、私も忍術でサポートするっす」


 『忍者』は『侍』同様に東方発祥の職能で、その特徴を一言で表わすと『スーパージョブ』だ。

 高い斥候スカウト能力に加え盗賊シーフと同様の技術力を持ち、刀や小太刀、手裏剣と呼ばれる投げナイフを使って戦闘をこなし、忍術という錬金術に少し似た特異な系統の魔法を使いこなす。


 ……この職能が発現する人間は極めて希少だ。


 ネネは『盗賊シーフ』から『忍者』に変化したと言っているが……おそらく、ママルさんによって、無理やり掘り起こされたか植え付けられた才能だと思う。

 なにせ彼女の冒険者としての師は、伝説の『忍者』〝灰色の隠者グレイハーミッツ〟なのだから。


「あの魔法を使う。レイン、コンパクトな攻撃魔法を頼む。シルクはいつも通り弓で攻撃。可能なら頭を狙ってくれ。マリナ、新武器の出番だぞ」

「まかせて!」


 魔法の鞄マジックバッグからゴツい弩弓クロスボウを取り出してマリナに渡す。

 露店市バザールで見つけたダンジョン出土品の魔法の弩弓で、俺が修復したものだ。

かなり重くて取り回しに苦労するため、奇襲でしか使えない戦法だが……これがあればマリナも遠距離戦に参加できる。


 全員で頷き合い、俺は魔法の詠唱を開始する。


「──Rozaj folioj, hurlantaj nigraj hundoj, la maro glutanta la sunsubiron, blanka miksaĵo kun nigro, stagno kun helaj koloroj……!」


 今回は充分に余裕がある。しっかりと丁寧に魔法式を組み上げ、そして曲がり角から飛び出すようにして魔物に〈歪虹彩の矢プリズミック・ミサイル〉を放つ。

 こちらを発見して魔物が通路に駆け寄ってくるが、穢れた虹彩を放つ光が、逃げ場を失った奇妙な魔物に吸い込まれ……次の瞬間、化物が膝をついた。

 今回のはしっかりと魔力を編み込んである。抵抗レジストされなければ勝負を決められるくらいには効果があるはずだ。


「ブバッ……ヴァッ」


 七孔から紫の煙と泡を吹きだしながら倒れた魔物が、痙攣するように体を震わせる。

 そこにレインの〈炎の槍フレイムジャベリン〉とマリナが放った大型弩弓の太矢クォレル、そしてシルクの放った三本の矢が追撃を加えた。


「……ヴァ……!」


 大きく体を震わせた魔物はそのまま動かなくなり、俺には弱体魔法の切れた感触が伝わってきた。


「よし、討伐完了」


 自分とレインに〈魔力継続回復リフレッシュ・マナ〉の魔法を付与しつつ、得体のしれない魔物に近づく。見れば見るほど奇妙な生き物だ。


「念のため、資料用の袋に回収しておく」


 配信向けにそう呟いて、予備の魔法の鞄マジックバッグに魔物の死体を収納する。


「私の出番がなかったすね……。なんすか、あの魔法は?」

「そう言えばネネには見せてなかったか。あれは〈歪虹彩の矢プリズミック・ミサイル〉って魔法でな……俺が作ったんだ」

「は?」


 ネネの目が縦にスーッと細くなる。

 こんな所まで猫っぽいんだな……!


「ほら、俺は錬金術もやるだろう?」

「そうすね」

「だから、それの応用で混ぜてみたら、できちゃったんだよ」

「は?」


 本日二回目の「は?」が出てしまった。


「ネネ。ユークの、やることを、いちいち、気にしてたら……病む。フィーリングで、いこ?」

「そう、すね。結果だけ見れば、出所なんて気にしても仕方ないっすね」

「うん。どうせ、わけわかんない、から」


 おかしい、レインには一回きちんと説明したはずなのに。

 説明の仕方が悪かったんだろうか。


「この部屋でいったん待ってくださいっす。先行警戒にいってくるっす」

「大丈夫か?」

「私は消耗してないんで問題ないっす! 皆さんは休んでてくださいっす」


 そう手を振って通路に消えるネネを見送る。

 優れた斥候スカウトが一人いるだけで全然疲労感が違うな、やっぱり。


 『サンダーパイク』にいた時は、俺が斥候の真似事をしてたものだが。


「みなさん、来てくださいっす!」


 先行警戒に出たネネが短時間で戻って来た。


「ネネ、どうした?」

宝箱チェストがあるっす。それに、資料で見た安全地帯セーフルームっぽいのも見つけたっす」


 最初の階層で宝箱チェストとはなかなかついてる。

 憧れの『無色の闇』での初成果だ。少し楽しみになってきた。


「よし、そこまで進んで、いったん休憩を挟もう」

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