第38話 傾いた塔と夢の場所

「お、来たな」


 某所、地下大空洞──『無色の闇』の入り口。

 その前で待ち構えていたベンウッドが、俺達を見てにやりと笑った。


「いい面構えだ。……が、無理はしないようにな」

「わかってるさ。ここを初攻略した先輩としてのありがたい助言は?」

迷宮攻略ダンジョンワークのセオリーを守れ」

「わかった」


 当たり前のことではある。だが、一番重要なことだ。

 かつてベンウッドが俺に伝え、俺がマリナ達に伝えたことでもある。


 注意深く慎重であること。

 事前にプランをいくつか用意すること。

 休息は一階層ごと行うこと。

 損耗確認は密にすること。


 ──命を最優先すること。


 ……よし、ちゃんと覚えてる。


「みんな、いいか?」


 フル装備で揃う仲間を振り返ると、全員が気力に満ちた顔で応えた。


「おっけー!」

「問題なしです」

「いける……!」

「準備完了っす」


 それに頷いて、ベンウッドに向き直る。


「よし……。ベンウッド、行ってくるよ」

「ああ。なに、今日は初日だ。軽く見物のつもりで行ってこい。無茶をする必要はないし、土産も気にするな」

「そうさせてもらう。なにせこの依頼は無期限だしな」


 俺の軽口にベンウッドがにやりと口角を上げる。


 この国選依頼ミッションの期限が定められていないのは、俺達に対する一種のサービスだ。

 今回、俺に首を縦に振らせるための報酬の一つであったと考えてもいい。

 この国選依頼ミッションが有効である限り、『無色の闇』は封鎖されることはなく、俺達はいつでもこの迷宮に潜ることができる。

 ここへの挑戦権自体が、俺の様な冒険者にとっては得難い機会なのだ。


 うなずくベンウッドの隣を抜けて、『無色の闇』へと向かう。

 それは斜めに突き刺さった巨大な円筒状の何かに見え、上部はもやのようなものでかき消えている。


 『王立学術院』の権威曰く、これは地中に埋まった『塔』であるらしい。

 実際、上り階段らしきものがあった形跡があり、見上げれば上階のようなものも確認できるが、現状そこに上る手段は見つかっていない。

 迷宮ダンジョンでは“階段を使う”ことがルールなのだ。

 無理に上ろうとすれば、『アイオーン遺跡迷宮』の吹き抜けの様な現象で無駄な犠牲者が出るだけだろう、と記録ログの上では結論されていた。


「ネネ、先頭を頼むよ」

「はいっす」


 斜めになった入り口の前で、予定の隊列を確認する。

 先頭はネネ、その後ろにマリナ、シルク、レインと続いて、殿は俺だ。

 マリナを前面に配置することで遭遇戦の安全性が増すし、俺は奇襲や挟撃を受けた際に足止めが可能ということで、こうなった。

 ちらりと視界の端に俺たちを見送るベンウッドを確認しつつ、『無色の闇』の中に足を踏み入れていく。


「『ゴプロ君』起動……〝生配信〟開始」


 ゆっくりと飛び上がった『ゴプロ君』に向けて、用意していた前口上を口にする。

「こんにちは、『クローバー』です。今日は『王立研究院』と冒険者ギルドの依頼を受けて、『無色の闇』のダンジョンアタックに来ています。初挑戦、初日……頑張っていきます」

「敵影なし……先行警戒に入るっす」


 口上が終わったのを見計らったネネが、俺が調整した魔法道具アーティファクト、【隠形の外套ヒドゥンマント】を羽織って壁の際に沿ってするすると駆けていく。

 初めてのダンジョンなのに、怯んだ様子もない。優れた斥候スカウトだ。


「どうですか、先生。『無色の闇』は」

「思ったよりも、感動とか少ないもんだな……。もう少し、何かあると思ったんだが」

「まだ入り口だもんね」


 何とも言えない顔をする俺に、マリナが笑う。

 “足を踏み入れたこと”自体にもっと大きな感動があるかと思っていたのだ。

 少しばかりの高揚があることを自覚はするが、はしゃぎ出したいほどではない。


 俺も大人になったということだろうか?

 子どもの頃、ベンウッドと共にここに潜った叔父の話を聞いていた時は、かなり心躍ったものだが。


「わたくしはかなりドキドキしていますけどね」

「そうなのか?」


 普段冷静なシルクが、少し緊張した様子でいるのは気にはなっていた。


「はい。恥ずかしい話ですが、わたくしが冒険者を志したのは人間社会で生きるすべを得るためでした。有体に言うと、お金の為なんです」

「それは、別に恥ずかしいことではないと思うけど?」

「でも、それは決して夢ではありませんでした。あの日……先生の話を聞いて、わたくしはとても衝撃を受けたのです。夢の為の冒険なんて、考えもしなかった自分が……少し情けなかった」


 少し目を伏せて、シルクが小さく笑う。


「だから、今こうして先生と夢の舞台に来れたことが嬉しいのです。まだ『深淵の扉アビスゲート』に至れずとも、この先に、それがあると思うと……心が躍ります。子供っぽいでしょうか?」


 褐色の頬を少し赤くして笑うシルクに、俺は首を横に振る。


「いいや。なんだか、俺も思い出してきたよ。この先に、あるんだよな……」


 普通の石造りの壁が続く『無色の闇』の入り口の先。

 この奥深くに世界の果て──『深淵の扉アビスゲート』があるのだ。


「ありがとう、シルク。どうも俺は緊張しすぎていたみたいだ」

「どういたしまして。先生でも緊張するんですね?」


 クスクスと笑うシルクは肩の力が抜けたようだ。

 俺にしても、体のこわばりが抜けているのを感じる。


「慎重に楽しもう。俺たちなら、きっと行けるはずだ」

「はい!」


 そうこうするうちに、ネネが駆け戻って来た。


「ルートの確認、オーケーっす。いや、ここヤバイっすね」

「ヤバい?」

「っす。罠はなかったんすけど、通路抜けた瞬間フロアが変わったみたいな……。実際体験するとかなりくるっす」


 先行パーティの配信をみてある程度特徴は掴んでいたが、ネネの様子からすると思った以上に実際の異常性は高いようだ。


「それじゃあ、進もう。ネネ、頼むよ」

「お任せっす!」


 ネネの先導で、『無色の闇』に足を踏み入れていく。

 石畳の通路を歩き、苔むした小部屋を抜けて、半分開いたドアを開けると……そこには、密林の様な森が広がっていた。

 しかし観察してみると、床は石畳で、木々の隙間から壁も見える。

 まるで、いろいろと混ざってしまったかのような光景だった。

 強い違和感が、注意を散らす。


「こりゃあ……なかなか、怖いな」


 俺の口からは『無色の闇』への称賛じみた感想が思わず漏れていた。

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