第37話 突入準備とオーバーワークな赤魔道士


 依頼を受けてから一週間。

 連携確認のダンジョンアタックや様々な準備を俺達は進めていた。


 一時加入スポットのネネだが、彼女は予想以上に優れた斥候役スカウト攻撃手アタッカーだった。

 Cランクと自己申告があったが、おそらくママルさんによる意図的な冒険者信用度スコアの調整があったのだと思う。

 ……彼女の実力は、Aランク相当だ。

 『クローバー』に足りない要素を両方補ってくれるネネは、今回の国選依頼ミッションに欠かせないメンバーと言えるだろう。


 次に大きな変化があったのは、マリナだ。

 彼女にも大きな変化があった。

 以前に『アイオーン遺跡迷宮』で拾った【天啓の覚書】を修復し、マリナに渡したところ……彼女の望み通りに『第二の職能セカンダリ・ジョブ』が発現したのだ。


 マリナの隠された才能は──『侍』。

 東方発祥の近接戦闘を得意とする極めて強力な職能ジョブである。

 本人は「魔法が使いたかったなぁ……」なんてしょぼくれていたが、希少な職能ジョブの才能が二つもあるなんて、マリナという女の子はなかなかにスペシャルらしい。


 シルクも、俺のアドバイスを受けながらいくつかの準備を進めている。

 まず、魔法の鞄マジックバッグを購入し、ダンジョン内へ持ち込む矢弾の量を増加させた。

 矢についても一般的に『属性矢』と呼ばれる消費型魔法道具アーティファクトを数種類準備しているし、精霊使いとして二種類の精霊と契約を果たした。

 精霊使いというのは、環境にいる精霊に呼び掛けて魔法的な現象を起こすものだが、契約精霊がいれば環境に関係なく力を使うことができる。

 シルクは木の精霊ドライアド水の精霊ウンディーネを選んだようだった。


 レインはバタバタと動く周囲に比較したらかなり落ち着いていたが、どこからか杖を一本持ち出してきた。

 真っ赤な宝珠のはまった、金の装飾の杖。見るものが見れば、これが何かわかる。


 ──【紅玉の宝杖クリムゾンスタッフ】。


 攻撃的な五大魔法ソーサリーの威力を大幅に引き上げる、魔法武器アーティファクト・ウェポンだ。

 本人は「借りてきた」とのことだが、こんな貴重品を貸してくれる知り合いがいるとは……レインの人脈というのはよくわからない。


 それぞれに準備は進んでいる。俺にしても、かなり大掛かりな準備をした。

 容量に余りがあった魔法の鞄マジックバッグも、かなり詰まってきているくらいに。


「明後日の突入……準備はいいか?」


 夕食を机に並べながら、四人に問う。

 それぞれ返事をしながらそれに肯定するところを見ると、問題はなさそうだ。


一時加入スポットなのにパーティハウスまで貸してもらって申し訳ないっす」

「お気になさらず。こうして集まって準備と情報共有をするんですから、こっちの方がいいんですよ」

「部屋も余ってるしね!」


 この事態を予測していたわけではないが、余り部屋に作った客間がさっそく役に立った。

 ネネがママルさんのところに帰りたくないというので使ってもらったわけだが、意外と馴染んでいる様でいいことだ。


「よし、それじゃあ確認だ。予定通り、明後日の朝から『無色の闇』に入る。現在、先行しているAランクパーティが到達しているのは地下八階層だ」

「もう結構経つのに全然進んでないねー」


 マリナの言葉に苦笑する。

 挑んでいるパーティの質が悪い、というのは既に配信で知れ渡っている。

 唯一まともだったパーティである『スコルディア』が残り二つのパーティ──『サンダーパイク』と『グランツブロウ』──に愛想を尽かして国選依頼ミッションを下りたため、その状況はさらに悪くなった。


 そりゃ、自分達の進行をあてにして後ろをついて回られたら馬鹿らしくもなるだろう。


 特に『グランツブロウ』は、実力あるならず者といった様子のあまりマナーがよくない連中が集まったパーティだ。

 フロアボスの攻略を先行パーティに押し付けて、撃破を待ってから無傷でボスフロアを抜けるような真似をするので、こちらも配信の評判は良くない。

 ベンウッドが「信用できない」とため息をつくのもわかる気がする。


「俺たちの目的は異常がないかを調査するだけで、攻略そのものが目的じゃない。基本的に全て〝生配信〟しながら進んで、それをギルドマスターや王立学術院の学者さん方がチェックする形だ」


 とはいえ、記録ログや配信を見る限り、最初から異常だとしか思えない場所で、どんな異常を見つけろというのかわかりはしないが。

 『無色の闇』はそれほどまでに特異な迷宮ダンジョンなのだ。


「【退出の巻物スクロールオブイグジット】もあるが、どんな危険があるかわからない。対策だってそうとれやしないダンジョンだ。細心の注意を払って行こう」

「できる準備は全部しました。後は、いつも通りにやるだけです」

「がんばろうね! あたしたちならきっといけるよ!」


 シルクとマリナがやる気十分にうなずく。

 もう少し怯むかと思ったが、案外……俺の杞憂だったのかもしれない。


「私も頑張らせてもらうっす。なんていうか、軽い気持ちじゃないっす!」

「ああ、ネネにも期待してるよ。ある意味、君に一番負担が掛かっちゃうと思うけど」

「まかせてくださいっす」


 ニカッと笑うネネ。


「レインも、大丈夫かな?」

「ボクは、いつも通り。準備も、もう、終わった」

「そうか。頼りにしてる」

「ん。それより、ユークは、明日一日ちゃんと、休むこと」


 鼻先に指を突きつけられて、思わずたじろぐ。

 明日は軽く消耗品のチェックや魔法薬ポーションの合成をしようと思っていたのだが。


「働きすぎ。明日は、絶対に、休むこと」

「そうは言ってもだな……」


 俺が言い訳を口にしようとしたその時、つけていた『タブレット』から緊急速報の音が鳴った。


『──速報です』


『冒険者ギルドおよび王立研究院は“無色の闇”突入中の二つのパーティに関して、調査能力に乏しいとして是正勧告を行いました。これに対し、“グランツブロウ”は依頼からの撤退を宣言し、今後は“サンダーパイク”が単独での調査となる予定です』


『今回の件について冒険者ギルドおよび王立研究院は適切な対応を協議し、実行予定であると返答しています』


『なお、“サンダーパイク”のサイモン・バークリー氏には、この国選依頼ミッションを主宰するにあたり集められたスポンサー供出金の使用用途に関して、不透明だと指摘する声もあり、現在調査が行われております』


「……時間の問題だと思っていたが、早かったな」

「『グランツブロウ』は最初から話題性狙いだったので仕方ないっすね」

「それもそうか。素行が良くないって噂だし、ダンジョン内で鉢合わせることがなくてよかったと思うべきかな」

「そうですね。配信を見ていても、どうかと思う人たちでしたし……」


 Aランクパーティの撤退はやや痛いが、トラブルになりそうな連中でもある。

 正直、魔物モンスターよりも人間の方が恐ろしいという部分もなくはないので、片方片付いただけでも良しとしよう。


「よし、それじゃあ食事再開といこう」

「誤魔化されない、よ」


 レインが俺の鼻をつまむ。


「明日は、絶対に……休んでもらい、ます」

「そこを何とか。やっておきたいことがあるんだよ」

「だめ、です」


 翌日……。

 結局、俺は目いっぱい休む羽目になった。

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