第35話 ユークの怯懦と勇気の教示

「……というわけで、『クローバー』に国選依頼ミッションの指名があった」

国選依頼ミッション……!」


 テーブルに置かれた依頼票を見て、シルクが息をのむ。

 そりゃ、そうだろう。普通、国選依頼ミッションと言えばAランクパーティをはじめとするトップランカーが受けるような依頼だ。

 普通、Cランクパーティに回ってくるような仕事じゃない。


「攻略でなく調査って話だが……ダンジョンアタックには変わりない」


 一端言葉をきって、俺は切り出す。

 これを口にするのは、俺にとっても少し後悔が残るが。


「……考えたんだが、断る方向で行こうと思う」


 ここに戻るまでの道すがら、俺はこの件について考えていた。

 国選依頼ミッションであるが故に、報酬は申し分ない。冒険者信用度スコアも大量につけてもらえるだろう。

 憧れだった『無色の闇』に挑むこともできる。


 だが……。


 リスクが高すぎる。

 今の俺たちで挑めるのかどうか、まるで判断できない。

 想像がつかない。


 そもそも、『無色の闇』は最初から狂っているとされるダンジョンだ。

 記録ログを読めばそんな事はすぐわかるし、今は配信でそれの裏付けだってとれている。


 特に目まぐるしく変わる迷宮環境の異常さは報告書の通りだ。

 廃城のような場所を進んでいたかと思えば、突然森林地帯に出くわしたり、階段を一度降りて再度登ったらフロア自体が姿を変えている……なんて記録ログは、正直なところ眉唾だと思っていた。

 だが、Aランクパーティの『モンブラン』が敗走した配信を見れば、それがまごうことなき事実であることは一目瞭然だ。


 あの危険に、この娘たちを連れていけない──そう俺は、結論付けた。


「え、断っちゃうの? どうして?」


 マリナが不思議そうな顔で俺を見る。


「準備不足と経験不足だ。俺達が『無色の闇あそこ』に挑むには足りないものが多すぎる」


 俺の言葉に、シルクが首を横に振った。


「先生、経験はともかく準備はできるはずです。装備は幸い最新のものですし、冒険に必要な物はフィニスであれば揃うはずです」


 シルクが、軽く笑って小さなため息をつく。


「わたくし達に過保護なのは、先生のよくないところですよ」

「……俺は、先生だからな」


 そう返すと、シルクがしっかりと俺の目を見て、口を開く。


「では、ユークさん。この国選依頼ミッション……受けましょう」


 テーブルにある依頼票をつまんで、微笑んでいるのになんだか怖い。

 もしかして、怒っているのだろうか。


「いいですか、ユークさん。これはわたくし達にとってもチャンスなのです。いつか、このダンジョンを踏破し、『深淵の扉アビスゲート』を目指すことになるのですから、いい下見をする機会を得たと考えるべきでしょう」

「そうだよ! じゃないと、ユークが言う『経験』はいつまでも不足したまま埋まらないじゃない!」


 シルクはともかく、まさかマリナにまで論破されるとは。

 二人のいう事はもっともだし、理解も出来る。


 しかし……。


「怖いんだね、ユーク」


 成り行きを黙って聞いていたレインがポツリと漏らすように言葉を紡ぐ。

 その言葉が、吸い込まれるように心に沁み込んで、俺自身が気付かなかった感情を浮かび上がらせた。


「怖い……。そうか、俺、怖いのか……」

「ユーク?」

「先生?」


 マリナとシルクが、俺を見る。

 しまった……うっかりと口にしてしまっていたか。


「ボクらが、失われるのが、怖い?」


 レインの諭すような声に、抗えず俺は答える。


「ああ、怖い。どうしようもなく、それが嫌で……恐ろしい。こんなことは初めてだよ」


 『サンダーパイク』にいた時は感じなかったものだ。


「うん。ボクらも、一緒だよ」


 レインが、椅子を立って俺の頭を抱いた。

 視界が遮られ、温もりと柔らかさが俺を満たす。


「ね、ユーク。やろう」

「だが──……」

「そんなに、ボクらは信用……ないかな?」

「そんなことはない。最高の仲間だと思っている」

「じゃあ、夢に……進まなくちゃ」


 その瞬間、視界が明るくなった。


 机を挟んで向こう側には満足げに笑ってサムズアップするマリナと、ゆるく手を合わせてにこにこと笑うシルク──そして、柔らかな微笑みを浮かべるレインがすぐそばに居た。


「さ、ユーク。冒険の準備をしよう! 何がいるか、あたしに教えて!」

「これまでの配信から攻略プランも作りましょう。記録ログの閲覧申請もしなくてはいけませんね」

「ほら、ね? ボクたちに、まかせて」


 三人が、俺を見る。

 ああ、もう……まったく。

 本当にかなわないな。思い知らされたよ。


「わかった。俺が間違ってたよ」

「そうだよ! みんなで一番行きたい場所なんだから、チャンスがあったら我慢できるわけないよ。おどかして納得させようなんて大間違いだよ!」

「ぐっ……」

「だいたい、ユークだってちょっとは行きたいと思ってたから、持って帰ってきちゃったんでしょ?」

「マリナ。そこは、つついちゃ、だめ。あえて、黙ってた」


 そこまで見透かされてたなんて、少し……いや、かなりショックだ。


「ほら、マリナ。先生を責めないの。いろいろ悩んだ末にわたくし達の安全を優先してくれたんですよ。これはわたくし達のわがままでもあるんですから、先生に心配をかけないようにしっかりしないと」

「うん。そうだね。だからユーク、気にしちゃダメだよ!」


 そんな風に笑われると、悩みながら帰り道を歩いた俺がバカみたいじゃないか。

 でも、この結論にしっくりときている部分もある。

 やっぱり俺は、みんなで『無色の闇』に行きたいと願っているのだと、強く実感した。


「行こう……! 『無色の闇』に」


 俺の言葉に、全員が力強くうなずいた。

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