第34話 ベンウッドの過剰な期待と国選依頼

「……なんだって?」


 思わず聞き返す。

 正面に座るベンウッドが苦い顔で、机の上の地図をペンで指した。


「まずい状況だと言った。こことここ、それにここ。……後は、お前が報告した『アイオーン遺跡迷宮』でも経時的な異変が観測されている」


 『無色の闇』迷宮の調査が正式に始まり、その様子が日々の配信で伝えられ始めてから一週間。

 俺は「個人的に話がある」との呼び出しを受けて、冒険者ギルドの応接室に招かれていた。

 世間話でもないだろうとは思っていたものの、まさかこんな話をされるとは予想外だったが。


「……溢れ出しオーバーフローが起きている可能性が高い」

「くそ、何だっていやな予想がこうも精度がいいんだ!」


 思わず、天を仰ぐ。

 冒険者ギルドは、俺達が『オルダン湖畔森林』で魔獣ザルナグを討伐して以降、各地で調査を進めていた、という話は時折耳にしていた。

 だが、こんな形で結果が耳に入るとは。


 まったく、ベンウッドめ。

 こんな情報を一冒険者の俺に聞かせてどうするつもりなんだ。


「どう思う?」

「俺に言わせる気か?」


 質問に質問で返すと、ベンウッドがため息と一緒に結論を口から吐き出した。


「『大暴走スタンピード』がくる」

「だろうな」


 同じ意見だ。

 ダンジョンから少しばかり溢れ出しオーバーフローがあった、という話ならばダンジョンアタックをかけて魔物モンスターを間引きしようって話で済むかもしれない。

 だが、周辺にあるいくつものダンジョンで異変が起きているとなると話が違う。


 それは大規模な『大暴走スタンピード』の予兆であると考えるのがむしろ自然だ。


「王立学術院はなんて?」

「可能性は否定できない、だとよ。否定できないなら確定するための人員を派遣しろよって話だ。ったく」

「待てよ……。もしかして、あの調査依頼って」

「ああ、それは儂も考えておった。『無色の闇』の調査依頼がああも簡単に許可が下りたのは、その一環だろうな」


 封鎖迷宮の解放はそれなりに手間と審査が必要だ。

 Aランクパーティとはいえ、ここのところ失敗続きらしい『サンダーパイク』が一声あげたところで「はい、そうですか」と封鎖を解くなんておかしいと思ったんだよな。


「それで? 個人的な話ってのはこれか? こんなの、俺にはどうしようもないだろ」

「いや、別件だ。関係はあるが」


 少し間をおいて、ベンウッドが俺を見る。

 何かを探るような、言い出しにくいことをどう俺に納得させるか言葉を探しているときの顔だ。

 早く言えよ、考えたって結果は変わりやしないんだから。


「ユーク。お前に……いや『クローバー』に指名依頼を出したい。『無色の闇』の調査依頼だ」

「Cランクパーティに無理難題を投げるのはよせよ、ベンウッド」


 冒険者の安全を統括するべきギルドの長がなんてバカなことを言うんだ。


「大体、『サンダーパイク』の他にもAランクパーティが参加しているじゃないか」

「連中は信用に足らん。儂はお前の目で見た情報が欲しい。そもそも、あいつら……誰一人として、コレの開示請求をしてこなかったんだぞ」


 ベンウッドが紙束をぞんざいにテーブルに投げ置く。

 そんな扱いをしていいものではないはずの、貴重なものだ。


「お前、読んだか?」

「ああ。俺にとってはこれも宝の一つだ」


──『無色の闇』攻略記録ログ


 エルメリア王国最難関ダンジョン『無色の闇』を踏破した強者どもの記録。

 唯一現存する『深淵の扉アビスゲート』を証明する公式記録。

 これの閲覧そのものに冒険者信用度スコアの制限が掛かっており、Bランクになるまで触れることすらできなかったものだ。


「やっぱりな。だからお前に任せたいんだ、儂は。攻略しろって話じゃない。調査だ」

「進むには攻略する必要があるじゃないか。危険すぎる」

「だからこそお前に頼んでるんだ、ユーク。あの場所は対応に柔軟さがいる。お前のように何でもできる奴が必須なんだ。それに……お前ならコレが使えるからな」


 ベンウッドがテーブルの上に魔法の巻物スクロールを一つ置く。


「これは……ッ」

「【退去イグジッド巻物スクロール】だ。お前にやる」


 【退去イグジッド巻物スクロール】は迷宮の宝箱チェストからしか産出しない宝物であり、使い捨ての魔法道具アーティファクトでもある。

 その名の通り魔法の巻物スクロールの一種で、魔法道具アーティファクトに精通した錬金術師にしか使用できない。

 その効果は大雑把ながら強力。自分と周囲の仲間をまとめて迷宮の外へと即時脱出させる効果がある。


 ある意味、最高の安全策と言える。


「ここまでして?」

「本当なら儂が見に行きたいんだがな、立場上椅子の上からは動けねぇ。今回の件、『無色の闇』でも何か異変が起きている可能性が高い。信用できる情報筋からの報告ってのが一番重要なんだ」


 ベンウッドにここまで言わせてしまっては、ここで断ってしまうわけにもいかない。


「話はわかった。いったん持ち帰って仲間と相談する」

「おいおい、ギルドマスターの前で『剥がし持ち』とはふてぇ野郎だ」

「依頼票を持ってるわけじゃない」


 そうおどけてみせると、ベンウッドがにやりと笑う。

 何かと訝しんでいると、聞きなれた足音が近づいてきて、よどみなくドアをノックした。


「入ってくれ」

「失礼します。はい、ユークさん。これを」


 入ってきたママルさんが、ベンウッドを介さずに直接俺の手に依頼票を渡す。

 ベンウッドといい、ママルさんといい……こう手回しが早いのは、ときどき怖くなるな。

 俺がすぐさま断ったら、とか考えないんだろうか。


 渡された依頼票に目を通す。


──────────────────────


依頼種別:国選依頼ミッション

指名依頼:パーティ『クローバー』

依頼内容:『無色の闇』調査・報告

達成期限:なし

特記事項:当該パーティを受諾中、暫定Aランクとする

     達成項目は担当ギルド長による評価とする

     報酬の設定は国選依頼規定報酬を支払うこととする


依頼者:エルメリア国王 ビンセント五世


──────────────────────


国選依頼ミッションの剥がし持ちなんて、大物になった気分だ。じゃあ、一旦戻る」

「おう。無理を言ったが……頼む」


 頭を下げるベンウッドに軽くうなずいて、俺はマリナ達の待つパーティ拠点へと向かった。

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