第33話 縋るサイモンとユークの怒声

「これはどういうことだ!」


 俺を見つけるなり、つい先ほど飛ばされたと思しき手紙鳥メールバードの残骸を手に詰め寄るサイモン。

 くしゃくしゃになった紙の隙間には、先ほどママルさんが書いた赤いインクのメモ。

 本当に仕事が早い。


「どうもこうもない。そのままだよ」

「『無色の闇』だぞ? お前の望み通りだ! なぜ断る!?」


 何だってこいつは話を全く聞かないんだ。

 さっきの依頼拒否一つにしたって、それだけで理解できると思うのだが。

 だが、まあ……意外だったのは俺も同じか。

 『無色の闇』を餌にちらつかせる程度には、俺の夢について覚えてたってことだからな。


「今は少し目標が違っててな。元所属パーティが王国一の最難関ダンジョンに挑むなんて、俺も鼻が高いよ。是非、頑張ってくれ」

「他人事のように言うな! もうお前がメンバーにいる体で話を進めてるんだぞ!?」

「勝手なことをやってくれる……。お前はどうしてそう短慮なんだ。どこの誰にそう説明しているかは知らないが、俺は行かないぞ。少なくともお前たち『サンダーパイク』とはな」


 顔を赤くして俺に詰め寄るサイモン。

 焦っているのか怒っているのか。

 はたまたその両方か。いずれにせよ、すぐに冷静さを手放すのがお前の悪いところだ。


「いい加減にしろよ、ユーク!」

「いい加減にするのはお前だ、サイモン」


 盛大にため息をついてやって、俺を睨むサイモンを見る。


「何度も言うようだが、俺はもう別のパーティのリーダーなんだぞ」

「たかだかCランクのパーティじゃないか。それに抜けやすいようにこうして手も回してやっただろう?」


 すっかりゴミに変わった依頼票を差し出すサイモン。

 まさかと思うが、その情けないマナー違反の塊は気遣いのつもりだったのか?


「サイモン、少し考えればわかるだろう? 俺は仕事を探すフリーの冒険者じゃない。わかっているのか? 活動中パーティの人間に一時加入スポットの指名依頼をするなんて無遠慮な引き抜きと同じ、ひどいマナー違反だぞ? それに依頼である以上、俺には断る権利だってある。だいたい──……」

「うるさいッ!」


 俺の懇切丁寧な説明を遮って、サイモンが叫ぶ。


「お前が勝手に抜けたんだろう! 僕たちに迷惑をかけて! こうやってお前のために『無色の闇』の調査依頼まで取り付けてやったんだぞ? 普通、ここまで譲歩されたら戻ってくるべきだろう!」


 再度の盛大な溜息に、サイモンがさらに激昂する。

 頭のネジが緩んでるのか、それとも最初からネジなどなかったのか……いずれにせよ、同郷の幼馴染は俺が思っているよりもずっと頭が不自由なようだ。


「俺の離脱をわがままか何かみたいに言うのはやめろよ、サイモン」

「何だと……!」

「冒険準備も、依頼の下調べも、攻略に必要な知識の収集だってお前たちのために率先してやったじゃないか。戦闘以外の冒険に必要なこと全てを俺に丸投げして、随分と快適だっただろう?」


 これまでの事が思い出されて、沸々と怒りが湧き上がってくる。


「毎日、毎日……『いずれわかってくれる』、『今度こそ仲間として認めてもらえるだろう』と、そう思って我慢してきたんだ。それを裏切ったのはお前たちだ。いまさら仲間面するな!」


 俺の声に怯んだ様子のサイモンが顔色を変えて、トーンを落とす。


「な、なぁ……ユーク。それなら戻って来いよ。僕らは同じ夢を追う仲間だろ? 今度は上手くいくさ」

「馴れ馴れしいことを言うな。俺の仲間は『クローバー』だ。お前たち『サンダーパイク』じゃない」


 吐き捨てるような俺の言葉に、サイモンがたたらを踏むように一歩、二歩と下がる。


「じゃあ、僕らはどうなる!? もう失敗できないんだぞ? このままじゃランクも下がって……破滅じゃないか!」


「──お前らの事なんて知ったことか!」


 感情的ではあるが、俺の本心からの叫びがギルドに響く。

 公衆の面前でこういったやり取りをすることはあまり褒められたことではない。

 だが、好き勝手を口にするサイモンには我慢ならなかった。


「……」


 周囲から漏れる押し殺したようなヒソヒソとした笑いが、ギルドの酒場に満ちる。


 ショックを受けた様子で俺を見るサイモン。

 しかし、こうでも言わなければ伝わらなかっただろう。

 この幼馴染は、妙なところで前向きだ。ここで言葉を濁したり、迂遠な言葉でも使おうものなら、自分の都合のいいように解釈しかねない。


 そもそもお前……ここに至るまで、一度だって謝罪を口にしなかったじゃないか。

 それだけでお前が俺の事をどう考えているかなんて透けて見えるぞ。


「俺はもう新しい居場所と真に信頼できる仲間を得たんだ。『サンダーパイク』に戻ることは、絶対にない」

「何だよ……何なんだよッ! 僕はお前が戻ってくると思ったから国選依頼ミッションをねじ込んでやったんだぞ!」

「そんな見通しの甘さであのダンジョンに挑むのはやめておけよ。俺からできる最後の忠告だ。行こう、レイン」


 ずっと励ますように黙って俺の手を握ってくれていたレインの手を引いて、サイモンの隣を抜ける。


「お前がそういうつもりなら、もういい! それなら僕にも考えがあるからな!」


 背後から聞こえるサイモンの声に返事を返さず、俺はレインと共にその場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る