第29話 依頼失敗と拙い企み(『サンダーパイク』視点)

(『サンダーパイク』リーダー、サイモンの視点です)



 『モールンゲン地下水路』の一角、安全な野営ができる場所で僕たちは、行動前の休憩と食事をとっていた。

 今回の依頼は地下水路に住み着いたボルグルの討伐。

 そう大した依頼ではないが、依頼ランクはBと高め。

 ボルグルなんかDランクでもおかしくない相手なのにBランクとは、奇特な依頼者もいたもんだ。

 どうせ、魔物モンスターの知識がなくて、成功率を目当てに高ランクに設定したのだろう。


「ねぇ、もっとまともな食べ物ないの?」

「文句を言うなよ、ジェミー」


 乾パンと干し肉、少しのワイン。

 ごく一般的な糧食ではあるが、Aランクである僕らが口にするには確かに安っぽい。

 雑用係ユークがいれば、あの奇怪な鍋でスープの一つも出しただろうが、今それを言ったところで苛つくだけだ。


「みんな準備はいいか? 魔法薬ポーションは? 魔力はどうだ」

「あん? オレは薬なんぞ持ってきてないぞ。カミラがいるんだ、無駄になるだろう」

「私をあてにしないでください。魔力回復薬マナポーションだって、高いんですよ」

「前はがばがば飲んでただろうが……」


 バリーの言葉に「それは……」と言い返しかけてカミラが黙る。


「……まあいい。今回はボルグル相手だしね」

「たかがボルグルごとき、オレ一人でも十分なくらいだぜ!」

「アタシの魔法で全部ふっ飛ばせばいいだけだし?」


 メンバーのやる気も十分だ。


「よし、それじゃあ行くぞ!」





「……今回も失敗ですね。冒険者信用度スコア減算により、冒険者ランクが降格する可能性があります」

「なんだって!?」

「サイモン・バークリー様。これは提案なのですが、受諾する依頼のランクを下げられてはいかがでしょう? 現状、A、Bランク依頼での失敗が続いております。一度、Cランク依頼を受けてみては?」


 事務的なギルド職員の態度に、苛つきが止まらない。

 言うに事欠いて、僕にそんな木っ端のやるような仕事をしろなんて、頭がおかしいんじゃないか?


 だいたい、今回の依頼だってボルグルの巣の調査討伐だと聞いていたのに、悪名付きネームドがいるなんて、契約違反だ。


「僕はAランク冒険者だぞ!?」

「現状、それを維持できる成果がないと申し上げています」

「そんなことはわかっている! だが、それは僕たち『サンダーパイク』のせいじゃないだろう!? 新メンバーの紹介もここのところないし、今回のは想定外だった!」

「こちらで苦情をおっしゃられても困ります。それも含めての依頼失敗ですから」

「もういい!」


 カウンターに拳を叩きつけて、僕はその場を立ち去る。

 どいつもこいつも僕を邪魔しやがって!


『耐久性! 装着性! 防護性! ……そして、美しさ! 憧れの彼に君をアピールしよう!』

『これからの女性冒険者に送るニュースタイル! オシャレで安全な冒険に出かけよう!』


『全ての冒険シーンをサポートする……──“アーシーズ”』


 ふと見上げると、どこかで見た少女たちが老舗武具工房の宣伝CMで顔を輝かせていた。

 流れる配信の所々に、ユークの影がちらついている。

 先頭に立って赤髪の女剣士をかばうユーク。

 幼い容姿の僧侶に回復魔法をもらうユーク。

 ダークエルフの狩人を笑顔で励ますユーク。


 ユーク、ユーク、ユーク……!

 なんで僕たちを裏切ったあいつがこうも成功している!?


『……“クローバー”出演のCM、これなかなかいいですねぇ! 女の子たちが本当にかわいい! 装備の魅力を十二分に引き出しています!』


『これ、実際にダンジョンアタックした配信を編集して作ったそうですよ』


『では、実際の戦闘映像ってことですよね? ユークさんが実戦で小剣ショートソードを使っている映像は貴重なのでは?』


『ですね。赤魔道士は自己強化もお手の物ですから、彼くらいになると並みの前衛以上に強いと思いますよ』


『それに弱体魔法もあります。強化と弱体で相対的に大きな戦力アップになりますからね! 最近ではメンバーに赤魔道士を求めるパーティも増えているとか』


『“クローバー”が冒険者業界に与えた影響の大きさがうかがえますね! それでは次の配信に──』


 パーソナリティの言葉に吐き気すら覚えながら、メンバーの待つテーブルへと向かう。


「……どうだった?」

「降格の可能性があるらしい」


 僕の言葉に、全員が苦々しい顔をした。


「あり得ない! なんでこうなんのよ!」

「わめくなジェミー。さすがに四人で高ランク依頼は難しいってことだ」

「なら、新しいメンバーを入れなさいよ! それがリーダーの役目でしょ?」


 ジェミーの言葉にカチンと来る。

 僕の苦労も知らないで!

 すぐに魔力切れを起こしては足を引っ張るくせに好き勝手に言ってくれる。


「よぉ、やっぱりよ……ユークの奴を連れ戻すのがいいんじゃねぇか?」

「そうですね。今や彼は名の通った配信者ですし。もう一度『サンダーパイク』に戻るよう提案すべきでしょう」


 さっきの配信を見たのだろう、バリーとカミラがユークアイツの名を口に出す。


「そう思うなら君たちが説得すればいい。あんな恩知らずにまた声をかけるなんて、僕はごめんだね」

「でもよ、サイモン。あいつはお前の幼馴染で舎弟みたいなもんだって言ってたろ? 俺たちが声をかけるよりも、話がしやすいんじゃないか?」


 確かに、あの時は感情的になってしまった部分がある。

 まさか、ユークが僕に反抗的な口答えをするなんて思ってもみなかったし。


「わかった。だが、ユークを説得する材料がいる。……金と口裏合わせが必要だ」

「金はわかるけどよ、口裏合わせだ?」


 バリーの疑問に、僕はため息を吐きだす。


「あいつの興味を引くためには『無色の闇』に挑むふりだけでもしないとね。それがあればすぐにでも誘いに飛びつくさ」

「『無色の闇』? なんでそんなとこに行きたいワケ? 美味しくないじゃん」

「ユークの夢なんだよ。世界の果てが見てみたい~なんて、バカで幼稚だろ? 金にならないダンジョンなんてさ」


 ユークのモノマネに三人が笑う。沈んだ空気が晴れるのを感じた。


「だから、説得の前に僕たちで『無色の闇』に挑む生配信をしよう。ふりだけでいい。他のパーティと合同依頼か何かにして……後は適当にやればいいさ。そうすれば、あいつは頭を下げて帰ってくる。あんな駆け出しのCランクパーティじゃ、挑めすらしないんだからね」


「そりゃいい。あいつ、泣きついてくるぞ」

「愉快なことになりそうですね」


 僕の冴えた提案に、仲間たちが大声で笑った。

 やっぱり、仲間っていうのはこうじゃないと。


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