第27話 焦りと諭し

「あたしなら大丈夫! ちょっと脳震盪だったみたい」

「そうか。無事ならいいんだ」


 念のため、傷のチェックをするがちょっとした切り傷だけのようだ。

 軽く回復魔法を使って塞いでおく。

 冒険者とはいえ、女の子の顔に傷が残るとかわいそうだからな。


「しかし、この鎧はいいな」

「うん。すごく丈夫!」


 それもあるが、マリナの突撃羊チャージシープの様なダッシュハグの衝撃が随分と軽くなった。

 女性向けのフォルムと軽さを実現するために、要所以外は特殊な布と革でカバーしていると聞いていたが、なるほどハグが必要なシーンにも対応しているとはさすが老舗の『アーシーズ』だ。


「ユーク。マリナも年頃の女の子、なので、ずっとハグは、よくない」


 おっと、鎧のすごさを堪能している場合ではなかった。


「すまんすまん。しかし、まさか降りてくるとは。シルクが見つけてくれなかったら不意打ちを受けていたな」

「いいえ、見つけただけで何もできず……」


 俺がああも接敵してしまっては弓は使えない。

 仕方ないだろう。


「レイン、どうだった?」


 あの時、パーティの中で最も冷静だったのはレインだ。

 僧侶として、魔法使いとして影の人シャドウストーカーを観察していたのは、なんとなく気が付いていた。

 どちらからのアプローチも出来るように、まずは観察するというのは魔法使いとしては正しい。


「アンデッドだけど、魔力も、乱れてた。多分、

「やっぱりか。階層を行き来するなんて、おかしいものな……」


 俺も違和感があった。

 影の人シャドウストーカーが嗤うなんて記録ログはなかったはずだし、挙動もおかしすぎる。


 これじゃあ、まるで……。


溢れ出しオーバーフロウみたい」

「……!」


 レインも俺と同じ結論に至ったようだ。

 ダンジョンというのは、これで一定のルールが保たれている。

 外から魔物が入って住み着くことはあっても、ダンジョンで生まれた魔物が外に這い出すことは通常ない。

 また、その生息域は明確に定められていて、一部の特殊な例を除いて迷宮内の階層を魔物モンスターが行き来することもない。

 正しく機能した迷宮というのは、のだ。


 そして、それにほころびが生じた時……溢れ出しオーバーフロウ大暴走スタンピードが発生する。


「ユーク、どうする?」

「せっかく最下層にいるんだ。まずは最奥まで探索を続行しよう」

「〝生配信〟で知らせるのはどうかな?」


 マリナの提案は確かに、効果的かもしれない。

 だが、今回三人は『アーシーズ』が発表前の新作装備を着ている。

 これを〝生配信〟で晒すのは、些かまずい。


「まずは状況の確認をしてからにしよう。みんな発表前の装備を着ているし、依頼主に無断で生配信は避けたいな。やるとしても最終手段だ」

「そっか。確かに、まだちょっとヘンってだけだもんね」

「ああ。帰還後に冒険者ギルドに報告を上げて、調査チームを組んでもらおう。『アーシーズ』だって、調査目的にギルドが配信を見るくらいは許可してくれるだろうし」


 そのためにも、『本迷宮メインダンジョンの扉前まで行く』という依頼を急いでこなさねばなるまい。

 それが、最深部を確認することにもつながるはずだ。


「よし、行こうか」

「待って、ユーク」


 レインが小走りにやってきて手を伸ばし、俺の頬に触れる。

 ずきりとした痛みが、俺に傷を思い出させた。


「傷、治そう。それと、少し休憩。こういう時こそ、焦っちゃ、だめ……でしょ?」


 柔らかな風の様なものが頬に触れると、すっかり痛みはなくなっていた。

 そういえば、回復魔法を誰かにかけてもらうのなんて、いつぶりだろうか。


「ユークの心配は、わかる。けど、ボクたちも、一人前の冒険者だから」

「ああ、そう、だな。すまん」


 緊急事態に、少しばかり気が急いていたようだ。

 こういう時こそ冷静にならないといけないのに。


「一人で、抱えない。よくない」


 レインが諭すように、俺の目を見る。

 それに気圧されて、思わずうなずく。

 本当に、敵わないな。


「よろしい。……各自、損耗チェック。ボクは魔力が少し減っただけ、大丈夫」

「わたくしも問題なしです」

「あたしも回復してもらったから大丈夫!」

「俺も問題ない。〈魔力継続回復リフレッシュ・マナ〉で対応可能だ。レインにも付与しておくよ」

「ん、ありがと。ユーク」


 笑ったレインに、少しドキリとしながらも、俺は気合を入れ直す。


 まだ客観的データは影の人シャドウストーカーが十数年ぶりに姿を現したという事実と、そいつがおそらく正常でないという推測だけだ。

 焦って事を進めれば、何かを見落としたまま仲間を危機にさらす可能性だってある。

 まずは、いつも通りに仕事をこなす。


「よし、落ち着いた。行動開始だ」


 一通りの考えをまとめて、三人を見る。


「シルク、引き続き警戒を頼む。あれ一体だけだといいが、複数いるかもしれない」

「はい、わかりました」


「レイン、魔力が狂ってるなら〈魔力感知センスマジック〉で発見できるかもしれない。〈魔力継続回復リフレッシュ・マナ〉をかけっぱなしにしておくから、魔法を頼む」

「ん。まかせて」


「マリナ。すぐに動けるように準備をしておいてくれ。二人が警戒に気を使う分、初動が遅れる可能性がある」

「おっけー!」


 俺は俺で、魔法の鞄マジックバッグからいくつか魔法の巻物スクロールを取り出して、ベルトのホルダーに挿す。

 警戒をシルクとレインに任せる以上、遭遇時に必要な火力を補填する必要がある。

 攻撃魔法も使えないことはないが、あまり得意ではないし……魔法の巻物スクロールなら、発動しながらフォロー用の魔法も使うことも可能だ。


「目標は変更なし。最奥の扉に到達することだ。さぁ、行くぞ!」

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