第26話 影の人と赤魔道士の戦い方

 『アイオーン遺跡迷宮』の最下層は、これまでと少し様相が違う。

 ここまでは基本的に通路と小部屋で構成されていたが、最下層は吹き抜け部分がないため、床面積が広い。

 両サイドに商店の名残と思わせる小部屋があるのは同様で、最下層は緑化や風化の影響が少ないためか、いまだ朽ちた看板などが掛かっている小部屋もある。


「少し雰囲気が違いますね……」

「うん。遺跡っていうより、廃墟って感じ」


 マリナとシルクも様相の変化に、少し不安感を覚えたようだ。

 逆に、レインは少し興味深げに周囲を見回している。


「どうした? レイン」

「とても、興味深い。この階層だけでも、全部、調べて回りたい気分、です」

「ま、依頼が終わってから考えよう。まずは依頼達成が優先事項だしな」

「うん。わかってる」


 レインが納得した様子で頷く。


「終わったら、もう一回潜ってみようよ。実はアウ=ドレッド都市迷宮にもちょっと興味あるし」

「そうですね。せっかく『クアロト』まで出向いたわけですし、わたくし賛成です」


 マリナもシルクもああ言ってるし、フィニス近辺以外でのダンジョンアタックもきっといい経験になるだろう。

 俺自身、この近辺のダンジョンに潜った経験はそう多くない。

 サポーターとして今後の事を考えれば、俺こそ積極的に取り組むべきかもしれない。


「なら、早く扉前まで行っちゃおう!」

「そうだな。だが、『影の人シャドウストーカー』の件もある。警戒は怠らないようにしよう」

「わかってる!」


 マリナがニコリと笑ってうなずく。

 薄暗いダンジョンで彼女の明るさは、まるで強化魔法のようで助かる。


「よし、それじゃあ行こう。シルク、すまないが索敵のサポートを頼む。俺は夜目が効かないからな」


 最下層は上層に日光が阻まれてさらに暗い。

 【看破のカンテラ】は光源としてよりも、罠や仕掛けの発見に機能を割いているのでやや灯りとしては心もとない。

 だが、レンジャーで夜目が効くシルクの助けがあればそれは充分にカバー可能だ。


「わかりました」


 シルクに頷いて、最下層の広場をゆっくりと歩き始める。

 おそらくここは、大型の店が入るようなフロアだったのだろう、小部屋もあるがかなり大きな部屋が要所に点在していた。

 戦うスペースがある分、取り囲まれる可能性があるということでもある。


「先生……ッ」


 フロアを中ほどまで歩いたとき、シルクが小さいが鋭い警告を俺に発した。

 その視線は、上方……吹き抜けで見える三階層部分に向けられている。


「……!」


 三階層のきわに、『影の人シャドウストーカー』が一体、俺達を見下ろすような形で立っている。

 相変わらず敵意は感じないが、逆にそれが不気味だ。


「どうしますか」

「どうしようもないな。見られて気分は悪いが、あの位置からすぐに襲い掛かってくるという事もないだろう」


 そう言った瞬間、『影の人シャドウストーカー』が身を躍らせた。


「なっ……!?」


 予想外の動きに、思わず硬直する。

 吹き抜けにある位相のずれは岩すら捻じり消す、強力な力のはずだ。

 それなのに、『影の人シャドウストーカー』はこともなげに俺達の前に下りてみせた。


(どうなっている……ッ?)


 そんな俺の疑問など知らぬとばかりに『影の人シャドウストーカー』が嗤う。

 奇妙な笑い声をあげながら口元を弧に歪める『影の人シャドウストーカー』からは、確かな狂気と殺意を感じた。


「来るぞッ! 戦闘準備!」


 緊急用の魔法の巻物スクロールを広げる。

 それなりに手間暇と金がかかる魔法道具アーティファクトだが、安全には変えられない。

 ……錬金術師が道具をケチって戦うなど、愚かすぎるしな。


 【多重強化付与の巻物マルチエンチャントスクロール】がその効果を発して燃え落ちると同時に、『影の人シャドウストーカー』が動いた。

 正中線をなぞるように、腕を振り上げる『影の人シャドウストーカー』。


「きゃうッ」


 次の瞬間、先頭に飛び出していたマリナが小さく宙を舞って倒れ込む。


「マリナ!」


 小剣ショートソードを抜いて、マリナとの間に立つ。

 影の人シャドウストーカーが何をしたのかさっぱりわからないが、床に残された痕跡からして鋭い衝撃波の類だろう。


 幸い、【多重強化付与の巻物マルチエンチャントスクロール】が付与した魔法の中には〈硝子の盾グラスシールド〉の魔法も含まれている。

 マリナは大丈夫なはずだ。


「スィスィスィ……」

「気分の悪い笑い方をしてくれる……!」


 少しばかり頭にきながらも、小剣ショートソードを構える。

 俺の様な中衛は冷静さが肝要だ。

 状況の維持が主な仕事で、突破は攻撃手の仕事。

 つまり、ここはマリナの復帰まで前衛の代わりとなって背後を守るのが俺の仕事だ。


 しかし……ここはあえて少しばかりの無茶をさせてもらおう。

 俺は三人に「何とかする」と宣言したのだから。


「シャァッ!」

「……!」


 影の人シャドウストーカーが同じ所作に入ろうというその瞬間、俺は一息に飛び込む。

 謎の衝撃波が真正面から俺を捉えるが、これを恐れる必要はない。

 一対一の戦闘なら、まだ得意分野だ。


 赤魔道士の戦い方をコイツに見せてやる……!


 〈硝子の盾グラスシールド〉が割れる感触と衝撃。

 抜けた衝撃が少しばかり頬が裂けた熱さがあったが、意に介さず踏み込む。

 予想外だったのか、影の人シャドウストーカーの顔から笑みが消えた。


「シャァーッ!」


 振り下ろされる手刀が俺を捉えるが、これも無駄だ。

 あらかじめ発動しておいた〈幻影分身ブリンクシャドウ〉が、俺の身代わりに刃のような衝撃波を受けて立ち消え、地面に抉れた痕跡だけが残る。


「くらえ……ッ!」


 この隙を、逃すほど俺も甘くない。

 影の人シャドウストーカーに向けて、小剣ショートソードを渾身の力で以て振るう。

 三つの攻撃的付与……すなわち、〈必殺剣クリティカル・ウェポン〉、〈聖付与エンチャント・セイント〉、〈燃える傷フレイムスクラッチ〉を邪払う真銀ミスリルの刃に乗せた一撃だ。


「おまけだ、とっとけ!」


 たたらを踏む影の人シャドウストーカーからバックステップで距離を取るついでに、腰のホルダーから聖油ホーリーオイルを抜き取って投げつけておく。


「ヒュァァァァーーーー」


 油は傷に揺らめく炎に引火し、影の人シャドウストーカーが奇妙な悲鳴を上げて炎上をはじめる。そして、その影はすぐさまボロボロと崩れて、やがて消えた。


「マリナ、無事か!?」

「すごいよ! ユーク!」


 振り向いた俺に、マリナのダッシュハグが直撃した。

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