第25話 人影と異変

「そこ、罠があるぞ。気をつけてな」


 崩落した天井からの光が届きにくくなった地下三階層を、注意深く歩く。

 ここから先は、周囲の環境もあまりよくない。

 暗がりから魔物モンスターが飛び出す可能性も高くなるし、その強さも少し上がる。

 とはいえ、この周辺の冒険者にとっては本迷宮メインダンジョンたる『アウ=ドレッド都市迷宮』への通り道でしかないので、そう恐れるほどではないが。


「そういえば、ここはフロアボスはいないんですね」

「ああ、昔は『アウ=ドレッド都市迷宮』前にいたらしいんだが、ここのところ十年ほどは観測されていないらしい。確か『影の人シャドウストーカー』と呼ばれる魔物モンスターが複数で扉を守ってたって聞いたけどな」


 一応、事前情報として記録ログは読んだが、実際のところを見たわけではない。

 当時、まだ配信用の魔法道具アーティファクトは開発されていなかったし、俺が潜った頃にはもう出現は確認されていなかった。


「ね、それってどんな魔物モンスターなの?」

「真っ黒なマネキンみたいなやつで、目だけが爛々と光っている……って記述があった」

「あんなの?」


 マリナが、少し先に見える小部屋の一角を指さす。

 そこに、ポツンと立つ人影があった。真っ黒で、目だけが夜の猫のように光っている。


「……!」


 ぞわり、と背中に悪寒が走った。


「全員、停止だ。こちらを見ているぞ……!」


 俺の言葉に立ち止まった三人が、緊張した面持ちで周囲を確認する。

 特にシルクは精霊使いだ。闇の精霊の力を借りて、暗い場所でも視界が確保しやすい。


「アレだけのようです……!」

「警戒を続けてくれ」


 未知の魔物モンスターだ。敵対的なのか友好的なのかすらわからない。

 ダンジョンに生息する以上、侵入者おれたちを排除するべく動いて然るべし、といったところだが。


「……」


 無言のにらみ合いが続いたが、そいつは突如として姿を小部屋の中に消した。

 さて、どうしたものか。


 小部屋まで追って行って倒すべきか?

 それとも、このまま階段を目指すべきか?


 知能のほどはわからなかったが、こちらを観察するようなそぶりはあった。

 フロアボスとして出現した時も複数体であったという記録があるし、仲間を呼んで待ち伏せや強襲をかけるつもりかもしれない。


 だが、奇妙なことに敵対的な様子はなかった。

 ただ、見ていた……という風にも取れる。


「決を採ろう。追撃か、無視か」

「わたくしは触れるべきではないと思います」

「あたしも。襲ってこないなら、ほっておこうよ」


 レインは少し悩んだうえで「あれはアンデッドだから」と追撃を支持した。


「二対一だ。レイン、いいか?」

「ユークは?」

「決めかねたので君らに聞いたんだよ」


 軽く苦笑する。


「ただ、警戒はしておこう。聖水を撒きながら進む」

「ん。敵意は、なさそうだけど、アンデッド、だから。襲われる可能性は、ある」

「しかし、『影の人シャドウストーカー』か。本物は初めて見たな」


 かなり強敵、と報告書には書いてあった。

 できれば、今後は遭遇したくない。

 特にアンデッドは弱体魔法が入りにくいので、俺のサポートもしにくいしな。


「とりあえず、先に方針を決める。戦闘になったら、まず物理的制圧を目指す」

「〈ターンアンデッド〉は?」


 マリナの言葉に、おれは首を振って答える。


「以前読んだ資料によると、かなり弱らせないと効力がないらしい。俺達人間がやることは、何でもやってくると考えてくれ」

「という事は、魔法も?」

「ああ。たしか暗黒魔法を使ったという記録があったはずだ」


 暗黒魔法は『僧侶』の使う聖魔法の逆の機序をもたらす魔法だ。

 傷を開き、死者を起き上らせ、病や不運をばら撒く……。

 修得そのものが違法とされているような魔法で、邪神や悪神の力を借りて使用すると言われている。


「わたくし達に対処できるでしょうか」

「できる」


 俺は断言する。

 シルクの美徳でもある慎重さは時に視野を狭窄させる。

 それは時に、後ろ向きな提案となって逆に行動を阻むことがあるのだ。


「何いざとなったら、俺が何とかする。任せてくれ」

「先生がそう言うのでしたら」


 安心した様子で、頷くシルク。


「確かに、ユークが居たら大丈夫な気がするよね」

「うん。ボクも、安心」


 緊張が解けたようで何より。

 当の俺は、少しばかり不安が増して胃に来そうだが。


 だが、収穫もあった。

 十年以上も観測されていなかった『影の人シャドウストーカー』の姿を配信でとらえることができた。

 これは、それなりに価値がある記録ログとして提出できる。

 ……つまり、冒険者信用度スコアの加算が期待できるということだ。


「扉の前で戦闘になるかもしれない。気を引き締めて行こう」

「わかりました」

「了解! 頑張っていこう!」

「ん」


 三人が、各々俺の言葉に頷いて、前を向く。

 必要以上に緊張もせず、それでいて気を抜いているわけでもない。

 よし、いいコンディションだ。


「じゃあ、出発しよう」


念の為に強化魔法を付与し直して歩き出す。

 記録にはなかったが、奇襲をされる可能性もある……さっきよりも注意しなくては。


 しかし、どうして今になって急に『影の人シャドウストーカー』が?

 この迷宮群に、何か異変が起きているのかもしれない。


 十年前、『影の人シャドウストーカー』が消えたことが異変なのか、消えた『影の人シャドウストーカー』が再び姿を現したのが異変なのか。

 何が正しいかなんて、結局のところ何か起こってからでないとわかりはしない。


 ただ……以前とは違うという事は念頭に置いて行動せねばなるまい。

 そう考えながら寒気が増したような気がするダンジョン内を歩き、その端に到達する。


「よし、階段だ。いよいよ次は最終層だ。まずはゆっくり休憩しよう」


 地下四階層への階段からは、奇妙で静かな気配が漏れ出しているような気がした。

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