第20話 戯言と拒否

「……?」


 思わず、思考が一瞬停止した。

 そして、疑問が湧き上がってくる。


(こいつ、何言ってんだ……? 戻る? 俺が?)


「バリーとも話していたんだ。お前だって『サンダーパイク』に戻りたいんじゃないか?」


 一体、何がどうなったらそんな考えに至るんだ。

 迷宮ダンジョンでマインドフレアーに頭でもいじられたのだろうか?


 何かしらの理由で俺が放逐キックされたとかなら、まだ話はわからないでもない。

 だが、俺は自らの意思で以て『サンダーパイク』と袂を分かったのだ。

 『サンダーパイク』というパーティとそのメンバーに自分の判断で見切りをつけ、自らの意思で去った。


 報酬や扱いが気に食わないという事も理由の一つではあった。だが、それが大きな理由ではない。

 ずっと感じていたのだ。

 このままこいつらと一緒にいても『異界の扉アビスゲート』には到達できない……と。

 そういった諦観と確信が、俺に離脱を決意させた。


 つまり、後悔など全くないし、むしろ清々とすらしているくらいなのだ。


 やれやれ、戻るなんてとんでもない。

 突然なんて迷惑な提案をしてくるんだ、こいつは……。

 とはいえ、俺もいい大人だ。感情に任せた否定はするべきじゃない。

 過去の遺恨と苛つきは脇に置いて、それなりに穏やかな対応をしよう。


「すまないが、その気はない」

「は?」


 何を意外そうな顔をしてるんだ。


「俺は『クローバー』のパーティリーダーだからな。『サンダーパイク』に戻る気はないんだ」

「なんだよ、その態度は……!」


 ……?

 いたって普通の態度であるはずだ。

 思い通りに行かないからといってヒステリーを起こすのはお前の悪い癖だぞ、サイモン。


「大体な、お前が勝手に抜けたせいで僕たちが困ってるんだぞ? 悪いと思わないのか!?」

「困らないと言っていたじゃないか」

「そうやって揚げ足を取るんじゃない! 僕の話をちゃんと理解しているのか?」


 まったく、酒場の真ん中でヒスるんじゃないよ。

 酒の肴にされたらどうするんだ。

 お互い、率いるべきパーティがある身だというのに。


「実際に、僕たちは迷惑をしている……これが事実だ。お前には、その責任を取る必要がある。それが冒険者として、いや大人として当たり前の事だろう?」


 なんと偉そうに自分勝手で子供ガキじみた講釈を垂れるものだと感心する。

 やっぱり脳に烏賊足を突っ込まれたんじゃないか?

 精神汚染の呪いは早めに解呪しておいたほうがいいぞ?


「サイモン。具体的にどんな迷惑が掛かっているっていうんだ?」

「依頼に失敗してる。お前が抜けたせいだ」

「それなら、新メンバーを入れたらいい。大体、お前はいつも俺をお荷物だと言っていたじゃないか。荷物が軽くなれば、足取りは軽くなるもんだろ?」


 ため息と一緒に、サイモンを睨みつける。

 あんまりしないことだからいまさら気が付いたが、意外と目もとが疲れるんだな……これ。


「だいたい、これまで俺をないがしろにしておいていまさら何を言ってるんだ? 幼馴染だからって許されるとでも思ってるのか?」

「な……!」


 まるで予想外といった顔をしたサイモンが、怯んだ様子で俺を見る。

 幼いころから、何でもかんでも上から目線でやってきたのだ。

 まさか今になって反論されるなどとは思ってなかったのかもしれない。


「『サンダーパイク』に戻る気は一切ない。話は終わりだ」

「お前、あの駆け出しどもに騙されてるんだぞ!? お前を便利に使って──……」

「俺を便利に雑用扱いしてたのはお前らのほうだろ。じゃあな、サイモン」


 サイモンの横を抜けて、マリナ達の待つ依頼カウンターへと足を向ける。


「いい気になるなよ……! 絶対に後悔するぞ!」


 顔を赤くして捨て台詞を口にするサイモンを残し、俺はその場を後にした。





「悪い、待たせた」

「あの人、だれなの?」


 俺とサイモンを遠目に見ていたらしいマリナが、心配げな目で問う。


「元いたパーティのリーダーだ」


 そう答えた瞬間、いまだ鎧姿のマリナがダッシュハグを敢行した。


「ぐっ!」


 なんでお前は鎧を着ているときに抱き着いてくるんだ!


「戻っちゃうの!?」

「心配するな。戻るわけないだろ?」

「ホントにホントね?」

「もちろん」


 ダンジョンでついただろう埃を、赤毛の上から払ってやりながら苦笑する。

 やれやれ、こうもメンバーを不安にさせるなんてリーダー失格だな。

 サイモンなど無視してやればよかった。


「達成報告は?」

「はい。滞りなく済ませました。報酬は確認してパーティ金庫へ入れてあります」

「ありがとう」


 やはり少し不安げにしたシルクが、俺の言葉ににこりと笑う。


「よし、それじゃあ飲みに行こうか。ほら、マリナ……今日はつぶれるまで飲むんだろ?」

「うん。今日はユークにもつぶれてもらうから」

「おいおい、勘弁しろ」


 だが、確かに今日は酒を飲みたい気分だ。

 長らく言いたかったことを言えた。きっと、いい気分で酒が飲める。


「だいじょぶ。ボクが、酔い覚ましの、魔法。かけたげる」


 ふわりと笑いながらレインが魔法の鞄マジックバッグを俺に返してくる。

 なんとなくだが、この感じ……さてはレインの奴め、さっきの話を魔法で盗み聞いていたな?

 聞かれて困るような話はしていないが、あまりいい趣味とは言えないぞ。


「愚痴、付き合うから、いっぱい酔うと、いい」

「……そうさせてもらう」


 まったく、見た目は幼いのに時々姉みたいな顔をする。

 これだからレインは侮れない。


「それじゃー、しゅっぱーつ」

「こら、マリナ、押すんじゃない」


 立ち直ったらしいマリナが、ご機嫌な様子で俺の背中を押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る